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第152話
そっと腕の中にある髪を撫でる。そのまま真っ直ぐに視線を向けてくる由弦の頬を指でなぞった。あの時と同じ年頃であるはずなのに今の由弦の方がほんの少しふっくらとした頬をしている。それが彼の歩んできた幸福の証のように思えて、その時を一緒に生きられなかった悔しさはあるものの、嬉しさも確かに胸の内に広がった。
そっと頤に指をかける。上向いた彼に、紫呉は触れるような口付けをした。
「……嫌だったか?」
あの日と同じ問いかけをする。すると由弦は無邪気に笑った。
「嫌じゃない」
言って、その言葉をもう一度確かめるように、由弦は己の唇に指を這わせる。
「嫌じゃ、なかった」
同じ問いかけに、同じ答え。あの日と違うのに、まるで舞い戻ったかのようだ。同じことを考えたのか、紫呉と由弦はプッと同時に吹き出した。
「本当はずっとこうしていたいんだけどな。いや、違うか。もっと色んな事がしたいって欲はある。なんたって健全な男子大学生だからな」
「深読みすると健全じゃないように思えんだけど」
二人とも、もう子供じゃない。立派に成人して、酒だって飲める。そして何も知らない純真無垢さではなかった。少なくとも知識は。
記憶が戻り、勘違いも解けて、こうして想いも通じ合ってハッピーエンド。そうなれば考えることは限られてくる。けれど……。
「流石にここじゃ周に申し訳ないな」
流石に、ともう一度呟く紫呉に、由弦も笑いながら頷く。
「流石にここじゃ明日から周の顔みれねぇよ」
由弦は同じ家に住んでいるのだから、顔を合わせない日などないというのに。
「ちょっとお預けだな」
茶化すように紫呉が言う。
「仕方ない。お預けだ」
それに由弦も笑った。
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