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第11話

 九月も下旬になり、ようやく秋らしく涼しくなり始めた。だが、台風シーズンだというのに雨が少ない。蒸し暑さではなくカラッとした暑さなだけ、今月上旬のころに比べればマシだろう。学校から帰ってきた絢斗が、自転車で砂利敷きの駐車スペース脇の通路を通っていると、スーツ姿の二人組の男性とすれ違った。一人はアタッシュケースを持っている。絢斗が二人組に気づいたとき、101号室のドアが閉まった。どうやら大谷の部屋から出て来たようだ。独り暮らしのお年寄りを狙った悪質なセールスでなければいいが、と絢斗は二人組の背中を見送った。    その翌日、絢斗が登校するため部屋を出ると、オダマキ荘の住人全員が、ゴミステーションに集まっている。自転車を押し、絢斗はゴミステーションまで来た。輪の中には、ゴミを出しに行ったまま戻らなかった喜美子もいた。 「あ、絢斗、あんた昨日、怪しい二人組見んかった?」  喜美子にそう聞かれ、絢斗はスーツ姿の男性二人とすれ違ったと話した。大谷が回覧板を見せる。 「わしな…、アホやさかい詐欺におうてもうたんや。あの二人に八千円やられたわ」  回覧板には“詐欺に注意”とあった。警察から来たという二人組が、この近辺の防犯を強化するため警察官の人員を増やすので、一戸あたり八千円の補助金を徴収しているという。もちろん警察がそんなものを徴収するはずはない。騙された世帯が何件もあるらしい。荒井が険しい顔つきになる。 「この辺一帯…やから、お金ありそうな山手側の家も狙うんやろか」 「いや、ちゃうな」    腕組みの哲司が否定する。肩までTシャツの袖をまくり上げ、青い入れ墨が見えている。 「あっちは金持ちのデカい家多いけど、家政婦がおったりするからな。いくら警察や言うてドア開けさせても、金を出させるまではいかんやろ。単身のお年寄りが住んでそうな辺りを狙っとんやろ」    スッピンを見られたくないのか、マスクをしたリカが不機嫌そうに眉をひそめる。 「あんた一日中部屋にこもっとうやろ。見てへんの?」  聞かれたのは江田だ。指紋がついたレンズの向こうの目は、怯えているようだ。 「そ、その…、昨日、ノックが聞こえたけど…何かの請求や思て…居留守してて」  大谷の肩が下がっている。いつもより猫背になっているようだ。 「しゃあない、今回は騙されたわしも悪いし…まあ、後で警察に行ってみますわ」  大谷が一礼してその場を立ち去り部屋に戻った後、喜美子は手を一つ叩き、明るい声で言った。 「そうや、江田さん! 漫画家さんでしょ? 大谷さんとうちの子の証言から、人相書きできません?」  江田の肩がビクッと震える。 「ええ…正確に描けるかどうかわかりませんけど…」 「絢斗、あんた学校行く前に、先に特徴だけ言うたげて」  喜美子に腕を引っ張られ、登校前で急ぐ絢斗は、覚えている限りの特徴を手短に教えた。 背の高さ、スーツの色、顔つきなど。 「ああ、ちょっと待って…」  江田はズボンのポケットからメモ帳を出した。細く短いシャープペンシルがついたタイプで、漫画のアイディアなどを書きとめるのに使っている。 「似てる芸能人とかあるかな…そしたら描きやすいかも」 「一人が、えーと…ほら、落語家の…何ていったっけ、深夜のクイズみたいなバラエティーに出てる…。あの、知りません?」  右隣にいた荒井を見上げて聞いてみたが、荒井からは返答が無かった。そればかりかーー 「ほな、人相書きできたら、コピーしてドアの郵便受けに入れてもらえます? バスの時間なんで」  と、立ち去ってしまった。 また無視されてしまった。部屋から出たときに出くわせば、挨拶を返してくれるのに。ただでさえ気軽に人と話せるまで時間がかかる絢斗は、荒井に対してさらに苦手意識を持ってしまう。 「あー…えっと、何ていう落語家やったっけな…とりあえず大谷のおっちゃんにも聞いて描いてみるし、学校終わったらいつでもいいから、うち来て…くれるかな。出来上がった絵、見せるし」    荒井に比べれば、目を泳がせながら一生懸命話している様子が見てわかる江田の方が、話しやすいだろう。よろしくお願いします、と頭を下げて絢斗は学校に向かった。  夕方、201号室で人相書きを受け取った絢斗はうなずいた。 「間違いないです、こんな感じやったと思います」 「似ててよかった…。大谷のおっちゃんにもお墨付きもろたから…」  あれから江田は大谷にも話を聞いて、似顔絵を描いた。絢斗と被害者の大谷、二人の証言があったために似顔絵は完璧にできあがった。  それにしても、江田の画力は想像以上だった。これなら警察署や町の掲示板に貼り出してもいいぐらいだ。 「芦屋辺りまで出没するようやったら、うちの母に頼んで近くの交番にでも持って行ってもらいますよ」  江田からコピー数枚を受け取り、絢斗は部屋に戻った。

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