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第13話
シャッターを閉め、臨時休業の札をかけながら哲司が言った。
「絢斗、チャリ荷ケツさせてくれ」
「え…大丈夫かな…」
「ポリ見かけたら飛び降りる。阪西 (阪神西宮駅)まで走ってくれ!」
自転車の荷台に哲司を乗せ、絢斗は171号線を西にペダルをこぐ。JRの高架をくぐり、札場筋に入るとすぐに西宮駅だ。途中で哲司が説明する。
「仕事中、ギャルのベルが鳴ったんやて。そのベル鳴らしたツレに電話したら、人相書きの二人組そっくりな奴らが、阪西んとこのアーケードうろうろしてたらしいって」
駅の南側は古くからある商店街で、個人経営のお年寄りも多い。そこを狙っているのだろうか。
阪神電車の踏切を越えた辺りで、二人は目を光らせた。スーツの二人組、一人はアタッシュケースを持ち、一人は深夜番組に出ている落語家に似ている。
午後五時を回っている。辺りは薄暗い。
「おーい、加賀谷さん! 梅塚くん!」
道路を挟んだ向こう側で、大柄な男が手を振っている。荒井だった。信号を渡り、荒井が駆けてくる。
「今日たまたま早出やったから帰りも早かったんです。そしたら、あのギャルから電話あったんですよ」
見ると肩に何か黒い物を担いでいる。カーキ色のジャケットに迷彩柄のズボン、なんだか物々しい。
合流したと同時に、荒井のポケベルが鳴った。
「サバゲー仲間です。これ…公衆電話の番号やろか」
「俺、携帯電話持ってんで」
哲司が尻ポケットから銀色の携帯電話を取り出した。絢斗が携帯電話を見つめる。ポケベルでさえ持っていない絢斗にとっては、夢のツールだ。
「凄い…携帯電話、初めて見た…」
「おやっさんに持っとけ、言うて契約させられてん」
哲司に携帯電話を借り、荒井はポケベルの液晶画面に表示された番号にかける。
荒井のサバゲー仲間が出た。駅の南側にある、パチンコ店前の電話ボックスだった。いましがた、ここで二人組を見かけたと言う。
「よし、そこまで直行や!」
そのとき、自転車でパトロール中の警察官がいた。自転車の二人乗りができない。駅前の駐輪場に自転車を置き、パチンコ店前の電話ボックスまで急ぐ。
「あ、荒井さん!」
ニキビ顔の青年が、電話ボックスの前で手を振っている。
「例の二人組、向こうの路地に入って行きました!」
「そうか、ありがと! また何か奢るわ!」
青年が指さす方に、哲司と絢斗が走る。荒井は回りこんで挟み撃ちするために、別の道を走る。
路地に、スーツ姿の二人がいた。絢斗がダッシュする。その音に気付いたのか、スーツ姿の二人は驚いて逃げた。
「こらぁ! 待たんかい! ブッ殺すぞ!」
ドスのきいた哲司の声が、コンクリートの壁に響く。背後にその声を聞き、絢斗は自分が言われているみたいで怖くなる。
そんな中でこの非常事態だというのに、絢斗は楽しくなる。走ることが好きだ。何も考えずただ地面を蹴り、腿を上げる。風を感じる。誰よりも速く、速く! 眠っていた血が騒ぎ出す。
スーツに革靴、運動に縁の無さそうな男たちに対し、若くて体力もある元スプリンター。絢斗が二人組のうちの一人の襟首をつかむまで、そう時間はかからなかった。
男は派手に転び、絢斗もつられて転んでしまう。もつれた二人をよそに、アタッシュケースを持った男は仲間を見捨てて逃げる。
「ボケがっ! 仲間見捨てんのかい! しばくぞ!」
哲司がもう一人の跡を追う。もうすぐ大通りに出る。夕方の薄暗さに加え、帰宅時間で人々の中に紛れこむかもしれない。男が大通りに出る手前、荒井が立ちはだかった。ライフル型の電動エアガンを構えている。そのたたずまいは、まるで軍人だ。
「ひぃぃっ!」
男は驚いて立ち止まる。荒井が引き鉄を引いた。BB弾がアタッシュケースの金具に当たる。金具が壊れ蓋が開き、中の書類や紙幣が足元に散らばる。
改造された電動ガンの威力は凄まじい。もし生身の人間に当たれば、体に穴が開くかもしれない。潰れた金具を見れば、誰もがぞっとしてしまうだろう。
尻餅をついた男に哲司が馬乗りになり、胸倉をつかむ。
「このアホんだらがぁ! おっちゃんから騙し取った金、返してもらうで! ついでにボコボコにしたる!」
「うわぁぁぁ! ゆ、許してください…!」
「頭わいとんか、ワレ! 許してくださいで全部済んだら、ポリもヤクザもおらんのじゃ!」
まるで闇金の取り立てだ。絢斗は慌てて止める。
「や、やめててっちゃん…、ボコボコにしたら、てっちゃんが捕まる…」
「お、おう、そうやな」
哲司は一人に馬乗りになったまま、荒井は絢斗が捕まえた一人を押さえつけ、絢斗が哲司から借りた携帯電話で警察に通報する。すぐに警察が駆けつけ、絢斗たちに礼を言って二人組を逮捕した。パトカーを見送り、三人は一息つく。荒井がぼそりとつぶやいた。
「名前とか住所とか聞かれたから…感謝状、もらうかもしれんですよね」
「やめてくれや。俺みたいなヤクザもん、警察が表彰するかいな」
哲司は、所属している暴力団が経営する飲食業の子会社の社員として、飲食店の雇われ店長という形になっているが、経営元が暴力団であることは、警察にもすぐわかる。市民のため詐欺師を捕まえることに協力した哲司だが、その善意は認められないかもしれない。哲司の諦めたような言い方に、絢斗は自分と哲司との間に、また見えない壁のようなものの隔たりを感じた。
「絢斗…それ何や?」
絢斗は五千円札一枚と、千円札三枚を握りしめていた。
「大谷のおっちゃん、八千円取られたって言うてたから、返してあげようと思って」
ちらばったアタッシュケースの中身から、絢斗は素早く八千円を奪い取っていた。
「手の早いやっちゃなあ。ほんなら、さっそく届けに行くか」
哲司が銀歯を見せて笑いながら、絢斗の背中を叩く。誇らしい気持ちと、思い切り走った気持ちよさ、それに大谷の喜ぶ顔が見られる。絢斗にとって、今日は最高の一日だった。
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