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第14話
絢斗と哲司と荒井三人で、大谷の部屋を訪ねた。詐欺の二人組を捕まえ、現金も取り戻したと八千円を返すと、大谷は感激して何度も頭を下げた。
「ありがとう、ほんまにありがとうな、ここまでしてくれて、何てお礼言うたらええのか…」
三人それぞれに握手し、“晩ご飯まだやろ、ご馳走させてな”と部屋に上がらせた。リカが友達にも協力してもらい、哲司や荒井に目撃情報を教えた、という話をすると、リカにも似顔絵を描いた江田にも礼がしたいと、部屋に呼び寄せた。自宅で仕事をしていた江田も、早番で帰ってきていたリカも、大谷の部屋に来た。
「みんな、今日はほんまにありがとう。こんなに嬉しいことはないわ」
大谷は寿司の出前を取った。二つの大きな桶に、握りずしがたくさん入っている。
哲司と荒井が、ビールや清涼飲料水を買ってきた。ちゃぶ台を囲み、全員で乾杯する。
「おっちゃん、こんなに寿司買うたら、帰って来た八千円より高 うついとうやん」
ビールを飲みながらマグロをつまみ、哲司が笑う。
「金額の問題ちゃうねん、みんなの気持ちが嬉しいんや」
と、大谷は久しぶりのビールに寿司で舌つづみを打つ。だが、どちらかというと、みんながおいしく寿司を食べているのを見ている方が幸せそうだ。一人暮らしの大谷には、大勢の賑やかな食事は憧れだった。
玉子を小皿に入れ、絢斗はテーブルの上を見回す。
「あの、醤油…取ってもらえますか」
右隣に座っている荒井に頼んだ。だが、荒井は哲司と大谷の話を聞いているだけだ。また、無視された。
「ちょっと、ミリオタ。ケンちゃんが呼んでるやん。無視すんなや」
リカが向かい側で、不機嫌そうに荒井を睨みつける。荒井は慌てて絢斗の方に向く。
「あ、ああ、ごめん。何?」
「すみません、醤油が欲しくて…」
荒井は醤油さしを絢斗に手渡した。
「悪いな、俺、左の耳が聞こえへんねん」
初耳だった。リカも驚いた顔をしている。
「昔、サバゲ―でグレネード飛び散って破片で怪我して、左目と左の鼓膜やられてん。左目は幸い見えてるけど視界悪うて、左耳は全く聞こえへんねん」
左手で目と耳の辺りを押さえ、荒井は苦笑する。
「ご、ごめんなさい…俺、知らなくて」
「うちもごめん。キツイこと言うて」
イクラを箸でつまんで一粒ずつ口に入れながら、リカも謝る。
「いや、ええねん。乗り物の運転は一切アカンけど、仕事には支障ないし。別に気い遣わんでええで」
今まで、絢斗は無視されたと思いこんで、勝手に苦手意識を植え付けていた。無視していたわけではなく、全く聞こえず視界も悪いせいで、真横に絢斗がいることも気づかなかっただけなのだ。
「よし、お兄ちゃんと交代しよ。こうしたら、何でも欲しいもん取ったんで」
無理やり腰を抱え上げられ、絢斗は荒井と座る場所を変えさせられる。ビールが入っているせいか、今日の荒井は陽気だ。誤解が解けた分、余計いい人に見える。リカも子供扱いされている絢斗が可愛くて、声をあげて笑った。
「これ…紙芝居ですよね。前に何度か、西田公園で見せてもらいました」
「いや、お恥ずかしい。プロの人から見たらド下手な絵やさかい」
木枠から出した紙芝居を、一枚一枚江田が眺める。下手と謙遜するが、素人にしては画力がある。
「手作りで紙芝居描きよるけど、最近は老眼も進むし描く手も遅うなって、新作がなかなかでけへんのや」
見終わった紙芝居を木枠に収め、江田は大谷に向き直った。
「あの…よかったら紙芝居、僕に描かせてもらえませんか? もちろん、無償でいいです。ボランティアの一環として。題材は『ミラクルマン』で、作らせてもらいますから」
大谷は驚いて、両手をついて頭を下げた。
「プロの方に描いていただけるなんてバチあたりそうやけど、こちらこそよろしゅうお願いします」
江田は現在、雑誌の連載漫画を描いているため、その合間に描くことになるが、年明けには完成させますと約束した。
宴会もお開きになった。みんながそれぞれ自分の部屋に帰って行く。絢斗は大谷に呼び止められた。
「これ、お母さんにどうぞ。夜勤明けで帰られたときにでも、食べてもろて」
タッパーに寿司が八カン入っている。絢斗はお礼を言って、部屋を出た。
十月は学校では衣替えの時期なのだが、今年は異例の猛暑のため、冬服着用時期は各個人に任せる、という決まりに変わった。まだ夏服を着ている生徒が多い。
文化祭に向けて、準備が進められる。放課後、絢斗をはじめ部活の無い者は率先して手伝わなくてはならない。
詐欺事件以来、オダマキ荘の住人たちの結束力が深まったようだ。昔ながらの、長屋のような近所付き合い。高齢者の大谷や一人暮らしの女性であるリカにも気を配り、荒井や哲司、江田までもが来訪者に気を付けてくれている。
そうして距離が縮まったかのように思えた絢斗だが、哲司との距離もさらに縮まらないだろうかと考える。ご近所さんで、しょっちゅうたこ焼きを食べに来て、学校のことやいろいろ話をする。それでも充分なのだが、もっと距離を縮めたいという欲が出る。それがなぜなのかわからない。わからないまま、今日もこうして放課後に『てっちゃん』に来ている。
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