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第17話
「てっちゃん、高校生んときどんなんやったん?」
煙を吐き出し、哲司が答える。
「俺か? 典型的なヤンキーやで。制服は絢斗と同じ学ランやけどな、短ランにボンタンやったわ。ドカンやとケンカで蹴り入れるとき引っかかるし、ボンタンの方が脚長ぁ見えんねん」
「で? かかと潰したスニーカーと、ぺっちゃんこに潰したカバン?」
「そやそや」
銀歯を出して笑い皺を作って笑う。絢斗はそんな哲司の笑顔が好きだ。
「眉毛全剃りで髪の毛は坊主で、パチキ入れとったなあ」
「パチキって?」
「剃りこみや。生え際からこう、ずーっと」
人差し指で額の生え際から上をたどる。当時の様子を想像すると、かなり目立ったワルだったろう。
「昔はめっちゃイキってたからな、一時期カバンの持ち手に、白テープぐるぐる巻いとってん」
白テープは“ケンカ買います”の意。赤いテープは“ケンカ売ります”の意味もあるが、哲司の住んでいた界隈では赤テープは番長の印で、番長以外が巻くことは許されない。
「俺はステゴロ(素手のケンカ)派やのに、他校の奴はメリケンサックとか三段ロッドとか使いよんねん。んで、俺の方がボコボコや。まあ、そんな奴らは番長が後で仲間連れてシメようけどな、ほんで白テープはすぐ辞めたな」
チャーシュー麺が二つ、哲司と絢斗の前に置かれた。肉厚のチャーシューが六枚も乗って、丼を覆っている。
「いただきます」
絢斗は麺を二、三本ほどレンゲに入れてから食べた。太めの麺にこってりとした醤油味のスープが染みておいしい。
「なんや絢斗、麺すすられへんのかい」
「俺、猫舌やねん」
そうめんやざるそばなら、豪快にすすれる。だが、子供のころから猫舌な絢斗は、うどんやラーメンなどは食べるのが遅い。
「そやから、たこ焼き食べるのも遅かったんやな」
絢斗がたこ焼きを食べるのが遅い理由は、もう一つある。少しでも長く哲司といっしょにいたい、そう思っていたからだ。
「絢斗は、ちゃんと学校行けよ。陸上がんばって、大学も行け。学校でできたツレは宝もんやで。辞めてもうたら、ツレも離れる」
高校時代の話からヤクザになってテキ屋になったいきさつ、それに入れ墨を彫った話に発展するかと思った絢斗だが、話題を変えられてしまった。
「うん。関学受かっても、てっちゃんとこに寄れるから、店ずっと続けといて」
「おう、就職も結婚もこの近くでな、いつでも食べに来てや」
就職して一人暮らししたら、一日おきぐらいに夕食をたこ焼きにしてもいいか。もしくは、仕事が終わってからこうして二人で夕食をいっしょにしても――
だが、哲司はどうだろうか。現在独り暮らしで彼女はいないようだが、結婚することはあるのだろうか。そうすれば、オダマキ荘の203号室でいっしょに住むのだろうか。
そう考えたとき、なぜか絢斗の胸が痛んだ。哲司が、誰かに取られてしまう…。
「あちっ!」
レンゲでスープを飲もうとした哲司が、Tシャツの上にスープをこぼしてしまった。絢斗はおしぼりに水をひたし、哲司に渡した。
「火傷になったらあかんから、これで冷やして」
「おう、サンキュな」
哲司がTシャツの裾をめくる。うっすらと割れた腹筋の上に、おしぼりを当てた。
「痛むようやったら言うて。応急処置したるから」
「さすが、看護師さんの息子やな」
絢斗自身、部活などで怪我もある。日常の簡単な怪我や火傷の正しい処置の仕方は、喜美子に教えてもらっている。
食べ終わるころまで熱々なラーメンだったが、哲司が太鼓判を押すだけあって、確かにおいしかった。
のれんをくぐって外に出ると冷たい夜風が吹いていたが、体の芯まで温かかった。
「てっちゃん、ごちそうさま。めっちゃおいしかった」
「そうやろ、今度来たら餃子とチャーハンでも食うか」
哲司が言うと、それが社交辞令や子供に鼻薬をきかせるようなものでなく、本当に実現させてくれると信頼できる。まだ、大相撲の春場所を見に行くという約束も果たせていないが、現実に行けるのだという確証が持てそうな気がする。哲司という男は、決断力の固そうな印象があるからだ。
軽トラックに乗り、オダマキ荘に向かう。長距離トラックやコンテナを積んだトラックなどが行き交う国道43号線を東に向かい、立石筋の表示のある交差点を左折すると、正面に甲山 が見える。その名のとおり、ぽっかりとお椀をかぶせたような兜の形をした山なのだが、辺りが暗いため山の影がほとんど見えない。
「てっちゃん、火傷の跡はどう?」
「こんなん、たいしたことあらへん。ケンカで根性焼きされたんに比べたらな」
運転しながら、左の前腕部、筋肉が盛り上がるところを見せた。うっすらと火傷の跡がある。煙草の火を押しつけられたのだ。
「そや、俺、仕事上火傷も多いから、応急処置教えてぇや」
砂利を踏む音。軽トラックは駐車スペースに着いた。哲司に続いて、階段を上る。何日ぶりだろうか、この階段を上るのは。
哲司が鍵を開け、中に入る。同じアパートの別の部屋には、大谷の部屋に上がったことはあるけど、同じ間取りなのに置いている物が違うだけで、全く別の家に見える。哲司の部屋もそうだ。冷蔵庫は職業柄、絢斗の家のよりも一回り大きい。四畳半の部屋には箪笥が一つだけあり、奥の六畳間はパイプベッドと25インチのテレビがあった。
ドカッとベッドに腰を下ろすと革ジャンを脱ぎ、Tシャツの裾をめくった。
「腹、どないなってる?」
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