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第19話
十一月になり気温が下がりだすと、一気に寒くなる。夏の記録的な猛暑が嘘のようだ。夜や明け方は十度を下回り、昼間も天気によっては肌寒いこともある。
だがスポーツをするのにちょうどいい。今日もウォーミングアップをした後、グラウンドのトラックを何本も走る。スピードを上げるため、近くの坂道をダッシュする日もある。来年は高校生として最後のチャンスだ。国体とまではいかなくても、大会でいい成績を残したい。
「梅塚、今日からメニュー変えるぞ」
顧問がメモを渡す。一週間のメニューが書かれている。
「しばらくタイム計っとったら、スタートダッシュはええけど、後半がペースダウンしとうから、梅塚の場合はピッチ上げた方がええ」
本格的な指導を受けると、俄然やる気が出てくる。顧問の厳しい指摘は熱心な指導の表れで、期待されている証拠だ。
タイムがよくなったら、顧問に褒められたら、何かいいことがあるとご褒美に『てっちゃん』に行きたくなる。背中のえびす様のご利益もあるのだろうか。小遣いが少なくなっても、哲司に会いに行きたい。
絢斗の中では、哲司は特別な存在になっていた。兄のようでもあるが、もっと違う何か。それは恋愛感情であると、絢斗は気づいていた。あの日、背中の入れ墨に触れたときから――
今日は小遣いがあまり無い。哲司の顔を見るためだけに『てっちゃん』に寄ろうとしたが、店内のカレンダーで今日は休みだと思い出し、自転車置き場に向かった。部活もあるが、大学に入ったらアルバイトをして毎日でも『てっちゃん』に行けるようにしよう、そう思いながら蛍光灯が切れかけている暗い渡り廊下を歩いていたときだ。
「絢斗」
名前を呼ばれ、振り向いた。チカチカと点滅する白っぽい光の下に、大誠がいた。関わりたくない絢斗は、“どうも”と会釈をして足早に逃げようとした。だが大誠に腕をつかまれ、校舎の中まで引っ張られた。
「痛い…! 離してください、児島先輩!」
鍵が閉まっていない、電気もついていない教室。そこに無理やり押しこめられ、絢斗は机の脚に蹴つまづき、床に倒れた。
上から大誠が覆いかぶさり、学生服の胸倉をつかむ。
「なあ絢斗、昔は俺のこと、大誠くんって呼んで懐いてくれたやろ? あのときのこと、忘れたん?」
子供のころ公園で、大誠の家で。ほかの人には言えない戯れをしていた。懐かしさや甘酸っぱさとは無縁な、忘れたい思い出だ。
「わ…忘れました」
長年の呪縛。忘れましたと言うことで忘れられたら、どんなにいいか。
「あいつらにイジメられとったんを、俺が止めたったやろ? 助けてくれた礼ぐらいしてもええんちゃう?」
絢斗は何も言えない。確かに、上級生たちからのイジメを止めてくれていたのは大誠だ。だが、その後で大誠に体を触られる。それはもっと嫌だった。
「離してください…先生呼びますよ」
「呼んだら、お前も恥ずかしい思いするなぁ」
脅すような言い方に、絢斗は何も言い返せない。怒りと恥ずかしさと、これから起こることの恐怖で体が震える。抵抗できないまま、学生服のボタンを外された。力任せなその指は、学生服とシャツのボタンを一つずつ弾き飛ばしてしまった。
大誠が自分の股間を擦りつけてくる。服の上からでもよくわかる大きさ。小学生のときとは大違いだ。
「絢斗…好きや…」
大誠の言葉に全身が粟立つ。せっかく忘れていたのに、消し去りたい過去が蘇ってしまった。好きでもない相手に唇を奪われ、股間を弄ばれた。初めて触れてくれる相手は、好きな人がよかったのに。
“てっちゃん”、その名が絢斗の頭に浮かんだ。哲司なら、好きだと言われてもいい。触れられてもいい。
「顔がそこそこの女やったら、誰でもヤレる思たんや。けど、彼女なんか一度もできたことない。そんで気づいたんや。俺、お前が好きや…!」
やめてください、と言おうとしたが、唇で塞がれた。舌が入ってくる。正直、昔は好奇心みたいなのもあった。だが、今は気持ち悪さしかない。
ベルトを外される。抵抗するため大誠の舌を噛み切ってやろうかと考えるが、その勇気が出ない。噛み切った舌が口に残るのか、口内が血まみれになるのか。想像するだけで吐き気がする。だがこの場合、吐き気に見舞われても傷ぐらいはつけるのが妥当だった。そのことに絢斗が気づくのは、後になってからだ。
強引にジッパーを下ろされた。体をよじっていたため無理な力が入り、ジッパーも壊れたかもしれない。制服のボタンにジッパー。喜美子に修理してもらうのに、何て言い訳をすればいいのか。非常事態というのは、ときにどうでもいいことを考えてしまう。
「や…やめ…ああっ!」
下着とズボンを下ろされた。肛門に何かが当たっている。大誠が絢斗の両手首をつかみ、上から覆いかぶさっている。だとすると、肛門に当っている物の正体は嫌でもわかる。挿入の準備ができている大誠の亀頭だ。潤滑油も何もない状態で、大誠は無理やり中に押し入ろうとしている。
「や、やめて…うっ!」
亀頭が肛門の中に収まった。周囲が切れたのだろう。ヒリヒリと痛み出し、熱を持ったように熱い。何の準備もできていないそこは出血してしまい、血液が潤滑剤となって亀頭の侵入を促す。
大誠に犯されている――極限状態のはずの脳が、どこか冷静にそう思っていた。
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