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第20話
「うっ…ああ…い、痛い…! やめて…!」
狭い所に強引に入られて、脚に力が入らない。痛さの感覚が、もはや麻痺している。
「絢斗…好き…」
大誠が腰を動かし始めた。無理やり広げられた穴の周囲が濡れている感じがする。出血で濡れているのだろう。
今、先生か誰かが通れば、助けてもらえるだろうか。そうすれば大誠は停学、いや、退学になるかもしれない。だがそうなると、学校中にこのことが知れてしまう。自分も学校に通えなくなる。せっかく部活を再開したのに。大学でも陸上をがんばろうとしたのに。
(てっちゃん…)
なぜか哲司の顔が浮かんだ。今、哲司に見つけてもらえれば、大誠のことを殴り飛ばして助けてくれるだろう。哲司が優しく介抱してくれるだろう。
そんなありもしない妄想で、その場をやり過ごそうとした。今はただ、早く大誠が離れてくれればいい。
何度かピストン運動を繰り返した後、大誠は腰を強く打ちつけた。
「はあっ…! 絢斗…イク…イクうっ!」
大誠が全てを絢斗の中に出した。荒い息で絢斗にキスをする。だが、絢斗は唇に噛みついた。
「いたっ!」
大誠が口元を押さえて体を起こす。絢斗も力なく体を起こすと、手元にあった椅子を大誠に向かって投げつけようとした。だが実際には床に転がしただけで、当たった大誠は痛くない。それほど絢斗には力が残っていなかった。それでも大誠に対して、怒りを表したかった。
「出てけっ! 二度と俺に触るな!」
興奮がおさまり萎えた自分の股間を見下ろし、血まみれなのに気づいた。
「なあ絢斗…血ぃ出てるやろ…。大丈夫か…?」
手を伸ばし、絢斗の尻に触れる。自分で乱暴しといての言い種に、絢斗はさらに頭に血が上った。
「大丈夫ちゃう! 触んな!」
絢斗は力を振り絞り、大誠の体を押しのけた。なんとか這いながらバッグに近づき、中からタオルを取り出した。四つん這いになり、タオルで尻の血を拭おうとした。
「俺…やったげるで」
「触んな言うたやろ! 出ていけ!」
タオルを奪おうとした大誠の手を払いのけ、絢斗は痛みと格闘しながら血を拭った。
「俺な、絢斗のこと好きやねん…。強引に犯して悪かった…。けど、付き合ってくれたら優しくヤッてあげるし、遊びにも連れて行ったるし、絢斗がしてほしいこと、何でもしたるで」
「付き合っていらん! あんたなんか大嫌いや!」
また、体をめちゃくちゃにされるだろうか。絢斗にとっては一か八かだった。だが大誠は何も言えなかった。傷がついた体を見て、今更だが後悔した。絢斗を傷つけたくはなかった。衝動を抑えられなかったのだ。大誠は服を直すと、ゆっくりとした足取りで教室を出た。その顔は、加害者でありながらまるで自分の方が傷ついたみたいに、悲しげにゆがめられていた。
一人になった絢斗は、大きなため息をついた。下着についた血は、母親に何と言い訳するのか。取れたボタンに壊れたジッパー、血のついたタオルに下着。タオルと下着は捨てなくてはならないだろうか。数が減ったことを、喜美子が気づくだろうか。そんな心配をしながら、絢斗も服を直すと教室を出た。
いつもの帰り道。自転車には乗れない。サドルにまたがったが、尻が痛い。家まで持ちそうにない。仕方なく家まで自転車を押して帰ることにした。
下り坂は、車輪を取られてしまう。いつもならこの坂は自転車で下りると気持ちいいのだが、今は押している自転車が勝手に走り出さないよう足を踏ん張りつつ下りているので、傷に響いてつらい。
国道171号線まで下りてきた。いつもの角、『てっちゃん』の店は暗い。そうだ、今日は定休日だ。哲司の顔が見たかった。だが、哲司はこんな自分をどう思うのか。男に犯された、情けない自分を。
店は暗いはずなのに、横には軽トラックが停まっている。哲司がいるのだろうか。あの軽トラックまでたどり着けば――
だが絢斗は店の手前で力尽き、しゃがみこんだ。ガシャン、と自転車が倒れる音に気づき、見知らぬ中年男性が声をかけてくれた。
「どうした坊主、気分悪いんか?」
その音と声に、店の裏口から出てきた哲司が駆け寄ってきた。
「おい、絢斗やないか! どないしたんや?!」
街灯に照らされた哲司の顔を見た途端、絢斗は気を失った。
体が揺れている気がする。座っている体勢だ。尻に振動が響いて痛い。ここはどこなのか。
「絢斗、起きれるか? 家についたで」
肩を揺さぶられ、絢斗ははっきりと目を覚ました。軽トラックの助手席だ。オダマキ荘の駐車スペースにいる。
「う…うん…」
「いきなり倒れこむからビックリしたで。救急車呼ぼうかと思たけど、呼吸は普通やったし、とりあえず家に帰ったら、お母さんいてたら具合もわかるやろと思てな」
「お母さん…今日は夜勤…」
103号室の窓の明かりは消えている。
「そうか、ほんならうち来いや。お前よう見たら怪我しとんな。手当したるわ」
言われて気づいたが、抵抗しているときに切ったらしく、腕や口元に血がついていた。
「なんや、ケンカか?」
「…似たようなもん…」
哲司が眉をひそめた。絢斗は以前、イジメが原因で部活を辞めたと言っていた。イジメが再発したのだろうかと心配になった。
絢斗は腰を浮かせ、シートに血がついていないか確かめた。幸い、シートもズボンも汚れていない。ヨタヨタとした足取りに、哲司が肩を貸してくれる。
「階段、気いつけや」
絢斗に合わせ、哲司はゆっくりと階段を上がってくれる。
哲司の部屋に入り、絢斗はベッドの上に腰掛けさせられた。
「いたっ…」
「大丈夫か? ケツ痛いんか? また派手にやられたなあ」
明かりの下で見た絢斗は、口元に青あざができていた。ボタンが取れ、シャツにも血がついている。
「まあ、話を聞くんは後や。まずは手当てせんとな」
制服を脱がされ、代わりに哲司のトレーナーを着せられた。傷の所に軟膏を塗られる。看護師の喜美子には、子供のころから手当てをしてもらっていた。それに比べれば不器用で下手くそだが、それでも絢斗は嬉しかった。その半面、情けなさと恥ずかしさもあり、素直には喜べなかった。
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