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第32話

 各地から支援の品が届く。送り主は、着替えも必要だろう、毛布も食べ物も必要だろう、の気持ちで衣類と食料をいっしょに梱包して届けるが、それらを仕分けするのは数日後。インスタントやレトルトの食品ならまだしも、パンやおにぎりなどが混じっていて、当然カビが生えたり腐っていたりして食べられないだけでなく、衣類などほかの物にも汁や匂いがついて使えない。  避難所の様子をリポートするアナウンサーたちも、必死に訴える。 「食料は、ほかの物といっしょに送らないでください。衣類は衣類、食料は食料、と分けてください。箱に品名を書いてくださると助かります。あと、生ものは食中毒の危険性がありますので、決して送らないよう――」  本当の善意で送られる物ならまだしも――  送られてきた箱を開けた荒井は声を荒げた。 「何やこれはぁ?!」  破れたもの、シミがついたもの、明らかに洗っていないとわかる衣類が詰めこまれている。開けた途端、異臭がした。中身を全部取り出してみたが、使える物は一つもない。 「こっちも酷いよ、荒井くん…」  江田が開けたのも、衣類だった。それも、使用済みとわかる下着類だ。股間部分にシミが残ったパンツも入っている。  ほかに壊れたオモチャや破れて読めない本、用途のわからない物、気持ちはありがたいが生活に関係のない千羽鶴や寄せ書きのサイン色紙、賞味期限切れで周囲がサビついた缶詰もある。送られてきた支援品のいくつかは、そのままゴミ置き場へと送られる。 「何のつもりやねん! 俺らは人間以下やとでも言いたいんか?! ここはゴミ捨て場と違うぞ! クソッたれが!」  荒井が箱を蹴り飛ばす。辺りにボロボロの衣類が散らばった。ほかの者も同じ気持ちだったので、それを咎めることもしない。荒井は文句を言いながらゴミを外に運びだす。  また、テレビではアナウンサーが必死に訴えかける。 「衣類は、必ずクリーニングに出してください。下着類は新品だけをお願いします。ご自身が知らない他人の物を着るならばと想定した上で、着れないと判断した物は絶対に送らないでください。被災者の方々も、テレビの前の皆様と同じです。清潔な衣類を身につけたいのです」  支援品の問題だけではなかった。二週間がたち、寒さもいっそう厳しくなる。風呂は毎日入れるというわけではない。温かい豚汁やおにぎり、カレーなども毎日ではない。硬い床で寝て、腰を痛めるのは喜美子だけではない。  さらに偏った栄養と心労で免疫力が落ち、閉鎖された空間での集団生活により風邪やインフルエンザが流行する。具合が悪くなっても、簡単に病院に行けない。イライラはつのる。  子供が走り回る、赤ん坊の泣き声がうるさい、といった避難者同士のトラブルもある。若い女性が別の部屋で着替えていると、見知らぬ男性が覗きに来ていた、ということもあった。洗濯物を屋上で干せるが、近くに男性がいては下着を干しづらい、下着を盗まれた、などの苦情も相次いでいる。  深夜、リカが喜美子を起こした。 「ごめん…梅塚のおばちゃん…ついて来てほしいんやけど」 「どうしたの、リカちゃん」  体を起こした喜美子に、リカは耳打ちをする。 「わかった。救援物資が届いてる部屋に行ってみよか」  二人は体育館を出た。教室がいくつか、支援物資専用の部屋になっている。そのうち、女性が受け取りをしやすいようにと、女性専用の部屋がある。当然、ボランティアで立ち会うのも女性だ。喜美子は中にいたボランティアの女性に声をかけた。 「すみません、生理用品無いですか?」 「ああ、ありますよ」  女性は生理用ナプキンを三つ、喜美子に渡す。 「数が少ないから、大変やとは思いますけど、大事に使ってくださいね」 「ありがとうございます」  リカは喜美子からナプキンを受け取った。頭を下げる喜美子の横で、リカも頭を下げてお礼を言った。 「何か、見えへんように入れる袋か何かあるといいけど…」  喜美子は辺りを見回したが、リカは遠慮した。 「夜中やし、誰も見てへんからいいよ」 「トイレについてってあげようか?」    その申し出もリカは断った。 「ううん、大丈夫。ありがとう」  仕分けの手伝いをするため喜美子はその場に残り、リカは部屋を出た。廊下を歩いている途中、ナプキンを一つ落とした。それを拾ったとき、目の前に中年の男性がいることに気づいた。男は顔が真っ赤で、酔っ払っているようだ。リカが無視して歩き始めると、男は酒臭い息を吐きながら、後をついてくる。  トイレに行きたいリカだったが、このままでは女子トイレまでついてくるかもしれない。リカは怖くなり、速足で一旦体育館に戻ろうとした。 「なあお姉ちゃん、アノ日なん?」  リカは男を無視し、体育館に急ぐ。 「アソコから血ぃ出てるんやろ? グロテスクやけど、えらいそそるなあ~」  男は大声でからかい続ける。体育館の前まで来た。このままだと、体育館に着いても大声で生理の話をされるかもしれない。リカは泣きたい気持ちを抑え、酔っ払いに向き直った。 「やかましいんじゃ、ジジイ! どっか行け! しばくぞ!」 「お姉ちゃん、はよそれ替えんと、お洋服が血で汚れるでぇ~。ま、おっちゃんはそれも見てみたいけどな」  リカの怒号にひるまず、男はリカに近づき酒臭い息を吐く。リカは吐き気がしてきた。 「おっさん、何しとんねん。ええ歳こいて」  体育館から、荒井が出てきた。ジャージのポケットに手を突っこみ、威嚇するように酔っ払いの男を見下ろす。大柄のたくましい体つきの上、目つきも恐ろしい。いくら酔っ払っているとはいえ、男はそんな荒井をからかえずに口ごもる。  眉を寄せた荒井は、男に一歩近づく。 「しょうもないことしとったら、いてこますぞ。あぁ?!」  表情を変えず、ドスのきいた声で凄む。男は何も言い返せず、走り去って体育館内ではないどこかに消えた。  男の姿が見えなくなってから、荒井はリカの方を向いた。 「女ひとりで夜中にほっつき歩くなや」  冷たい言い方だが、どこか温かさがある。それを感じ取ったリカは、一言“ごめん”と謝ってから、 「女の問題やねん」  とだけ言って黙りこみ、手にしたナプキンをギュッと握りしめた。それを察した荒井も 「そうか、ごめんな」  とリカに言うと、体育館の中に戻り自分の毛布の上で寝転んだ。夜中に出て行った女性二人を案じ、体育館の扉の辺りで待っていてくれたのだ。そのことを何も言わず、荒井はリカに顔が見えないよう、腕枕で狸寝入りをした。

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