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第40話
それからどのぐらいの月日がたったか。単純には五ヶ月なのだが、絢斗にとっては長く感じられた。友達との中身のない会話。空虚な放課後。国道二号線沿いの『てっちゃん』の跡地は何もないまま。ああ、そういえばもう秋か、冬か、年が明けるのかと無為に過ぎる時間の中で、たいして味わえない季節の流れを感じる。絢斗には新しい目標ができたのだが、もしも哲司が死んでいたとしたら――と考えると、思うように前に進めない。卒業して気持ちが変わらなかったら、哲司と付き合える。今度はどこになるか知らないが、また『てっちゃん』のたこ焼きを食べながらいっぱい話をする。そんなはっきりとしていたはずの未来がだんだん色褪せ、モノクロになってやがて砂となって消えていく。そんなビジョンを繰り返しては、気温に比例するかのように絢斗の心は冷え切っていた。
十二月三十一日の大晦日の夜、絢斗は西宮神社の周辺の出店を片っ端から探した。『てっちゃん』の文字がある紅白のテントを。たこ焼き屋は何軒かあるが、『てっちゃん』は見つからなかった。まだ準備中のテントを、望みをかけて様子を見る。鉄板らしき黒い物が見えれば、あるいは紅白のテントだったりすると、ほんの少しだけ希望をもって近づいてみる。鉄板が平らなのがわかって肩を落としたり、テントに『てっちゃん』の文字がないのを見てはため息をつき、鉢巻き姿で煙草をふかしているのが哲司ではないと気づいては立ち去る。
気づけば初詣客がかなり多い。震災後、西宮市から引っ越した人も多い。それでも去年までに比べれば少ないものの、神社に足を運ぶ人は多かった。
がっかりして迎えた平成八年。絢斗は三が日を、京都の祖父母の家で喜美子とともに過ごした。本当は哲司のこともあり、気が進まなかった。あけましておめでとうの言葉も内心、‟てっちゃんがもし死んでたら、おめでとうとちゃうやろ”という気持ちが混じるせいか、どこかそらぞらしい。だが時間がたつにつれて、絢斗の気持ちが変わっていく。祖父母はふたりとも、娘と孫の元気な姿を直に見ることができて嬉しそうだった。電話では話したが、会うのは一年ぶりだ。大げさなほどの喜びように呆れるほどだが、絢斗はそんな祖父母を見て、本当に来てよかったと思う。自分にどんな悲しい結末が待っていようとも、祖父母を笑顔にしてあげることができた。
高校生活最後の三学期が始まり、その翌日は十日戎の『宵戎』にあたる日だ。震災から一年ほどたち倒壊した神社の本殿は修復され、今年も福男選びは開催された。だが、絢斗は参加しない。哲司といっしょでなければ走らない、そう決めていた。一位でなくていい、えびす神を背負った男とともに、残り福をもらえばいい。
九日の放課後、また『てっちゃん』の文字を探すが、やはり見つからない。こんな気持ちで受験は大丈夫だろうかと心配になる。普通なら、せめて神社にいるのだからとお参りぐらいはするだろうが、絢斗にはそんな余裕はなかった。
三日間の十日戎が終わり、周辺のゴミもようやく取り除かれたころ、いよいよ絢斗の受験だ。土曜日に筆記試験、日曜日に面接があった。筆記試験は難なくこなし、面接もしくじることなく済んだ。だが、受かってからが大変だ。とりあえず、来月の合格発表までは骨休めができる。
そんな中、一月十七日――あの運命が変わった日がやって来た。県立総合体育館で、慰霊祭が行われた。絢斗も制服姿で参加する。前日までは一月とは思えない暖かさだったが、今朝は冷えこんだ。まるで、あの日を彷彿とさせるかのように。何もかも無くして、身も心も寒く凍てついた気分が蘇る。
市長の挨拶、僧侶による読経、追悼文の朗読、献花、と慰霊祭はとどこおりなく終わった。絢斗は大谷のために黙祷を捧げたが、哲司のためには捧げない。きっとどこかで生きている。絢斗が前に進むためには、そう思いこむしかなかった。
「ケンちゃん」
女性の声に振り向くと、黒いワンピースにダウンジャケットを着たリカがいた。数か月前、オダマキ荘の解体作業のときにも真っ先にリカが声をかけてきた。その日が思い出される。
相変わらず周囲から浮いている金髪だが、小麦色ではなく元の肌に近い色になり、化粧はおとなしめで、桜色の爪には何も塗られていない。リカは尼崎市内の友人のアパートで同居し、大阪の梅田のブティックに勤務している。大阪は神戸よりも時給がいい。それに、神戸ではまだ再建中の店も多い。
リカの後ろには荒井もいた。借りてきたスーツは少し袖が短く、ワイシャツも窮屈そうだ。荒井が勤務する鉄工所は、震災直後は水道管の破裂による水浸しなどで後始末が大変だったが、今は無事に稼働している。
「あ、江田さん」
背の高い荒井に隠れるように、江田がいた。スーツではなく地味めのカジュアルな服だが、以前と違い清潔感がある。江田は『ミラクルマン』の漫画が好評で、早くもアニメ化の話も出ているそうだ。
「今日は大谷のおっちゃんに、お礼と報告に来たんや」
寂しそうに笑う江田には、もうおどおどした様子はない。ヒット作が出た今、堂々と胸を張れる。
少しの間再会を喜んだが、大きな穴が空いたように物足りない。いまだ安否のわからない哲司。荒井もリカも江田も、哲司の消息は知らない。どこかで新しいたこ焼き屋ができたという話も聞かない。
また、震災直後の避難所みたいに暗く沈んでしまった。だがリカはつとめて明るく、話題を絢斗に振った。
「ケンちゃん、今高三やんな。卒業したらどうするん?」
今ならはっきりと言える。大学へ行って、何となく好きな短距離を続ける、というのではなく。きちんとした目標が。
「俺、実は――」
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