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第29話 ニューヨークの真実①※
「ステキ! ここがタイムズスクエア?」
派手な電飾広告の輝くマンハッタンの通りで、御門 めぐみは甲高い声をあげた。
「さすがニューヨークねぇ。テイラー・スウィフトとか歩いてないかしら?」
ハイブランドの洋服とアクセサリーで着飾っためぐみは、冴木 の腕をつかんで、あたりをキョロキョロ見渡す。
――4月。
瀬名の同僚の冴木とめぐみは、ハネムーンでニューヨークに来ていた。
「ねっ、あなた。今日はロブスターを食べに行かない?」
「――今夜は友人に会いに行くことになってるんだ」
うわの空で答える冴木。
「悪いが、明日にしてくれないか」
(……なんだか、こっちに来てから様子がおかしいわねぇ……)
めぐみは頭をかしげる。
(結婚式で疲れたのかしら?)
「夕飯はこれで好きに食べてきなさい。なにかほしいものがあったら買っていいから」
冴木が差し出したブラックのクレジットカードを見ためぐみは目を輝かせる。
「ありがとう!」
金持ち御用達のカードを手に入れためぐみはたちまちルンルンになる。
(何買おうかしら。グッチ、シャネル、プラダ……あっ、エルメスもいいわね♡ うふふ、楽しみぃ)
めぐみと別れた冴木は地下鉄に乗り、マンハッタンの外れにあるゲイタウンに向かった。
(瀬名――いったいどういうことなんだ……?)
……地下鉄の電車のなか、スマホの写真フォルダにある大量の瀬名の写真を眺める。
野球のロッカールームで着替えている瀬名の背中、練習中のユニフォームの引き締まった尻、飲み会での楽しそうな横顔……。
ずっと――――ずっと瀬名が好きだった。
就活のとき、隣の席にいた瀬名を見た瞬間、ひとめで恋に落ちた。
瀬名と一緒に働きたくて、反対する親を押し切り、給料が安い零細企業に就職を決めた。
好きで好きで好きすぎて――でもノンケの瀬名はけして自分の思いを受け入れてくれないだろうと考えるとやるせなくなった。
だったらいっそのこと、瀬名をめちゃくちゃにしてやりたい。
あるときからそんなよこしまな欲望が冴木の胸のなかに生まれた。
あのきれいな顔が苦痛に歪み、子どものように泣きわめき、助けを求めるさまを見てみたい。
どうせ自分のものにならないのなら、誰かちがう男の手で瀬名を犯したい。
……どうしてそんなに歪んでしまったのか、自分でもわからない。
あの日――
野球の大会のあと、野球部のみんなで飲みに行ったとき。
トイレで席を外した冴木に居酒屋のトイレで声をかけてきたサングラスの男。
すらりとした長身の男は、冴木にこう聞いてきた。
「きみはあの瀬名という男が好きなんだろう?」
直球すぎて、否定もできなかった。
ごくん、と唾を飲んだ冴木に、男は、
「瀬名くんが性奴隷に堕ちる姿を見たくないか?」
と聞いた。
「なっ……?」
男は自分のスマホのなかにある写真を冴木に見せた。
ラバーマスクをされ、亀甲縛りされながら、ビンビンに勃たせたチンポからザーメンをまき散らす屈強な男。
「これはほんの一例だが、我々は見込みのある男をスカウトし、優秀な性奴隷に育て上げる仕事をしている。日本人は肌がきれいだから、外国人に非常に人気が高い。瀬名くんのようなイケメンマッチョは特にひくてあまただ。そこできみにお願いがあるんだが――瀬名くんが本社に出向するという設定で、我々のもとで調教させたい。その橋渡しをしてくれないか?」
つまりはこういうことだった。
瀬名の務める会社に、本社から融資をするかわりに瀬名を出向させろという連絡が来た、という情報を冴木が伝える。
瀬名の出向先は実は本社ではなく、テナントビルの一部を借りたレンタルオフィス。
M商事株式会社とはなんの関係もないダミー会社に瀬名は出向し、性奴隷調教を受ける。
「な……なんでそんなことをおれが――」
「きみの瀬名くんを見る目。愛おしさと憎らしさが入り混じりあう果てしない狂気を感じた。きみはつらいんだろう? こんなに好きなのに、けして瀬名くんを手に入れることができないことが。だったらいっそ、きみの手で瀬名くんの運命を狂わせる――そんな賭けをしてみたくないか?」
男は、画面をスクロールして性奴隷たちの写真を次々に見せた。
床に跪き、後ろ手に縛られながら、顔面に浴びた小便を舌を突き出して飲む奴隷。
上半身だけスーツを身に着け、下半身は丸出しで、ケツにモップを突っ込んで便所掃除させられている奴隷。
倉庫のような場所で裸で逆さ吊りにされ、乳首とキンタマに裁縫の針をブッ刺され、血を流しながら射精している奴隷……
ソフトなものからハードなものまで、冴木のようなゲイにとっては、股間が熱くなる絶品だった。
(瀬名のこんな姿が見られるのか……)
「いいだろう? ああいう素直なタイプは案外すんなり堕ちるものだ。瀬名くんが正真正銘ホンモノの性奴隷になったら、きみにも味見させてやる。こんなチャンス、二度とないと思わないか?」
(瀬名を――抱ける……?)
そのひとことが、決め手になった。
冴木は、男の指示通り、瀬名に本社としてレンタルオフィスの場所を教え、出向の手続きもすべて偽造した。
もともと、瀬名の会社は、本社とほとんど関わりがなかったため、誰もその出向がニセモノとは疑いもしなかった。
冴木が人事部門の責任者だったことも男は調べていたのだろう。
瀬名の出向中、自分にアプローチをしかけてきた御門めぐみと深い仲になった。
バイセクシャル寄りのゲイである冴木は、女を抱けないわけではない。
裕福な家の長男だった冴木は、孫の顔を見せるよう、常日頃親にいわれていた。
めぐみのように尻の大きな女はきっと、子どもをポンポン産めるだろう。
それに――瀬名がめぐみをときおりセクシャルな目で見ていることに、冴木は気付いていた。
おれがめぐみと結婚すると知ったら、瀬名はきっと、悔しがるだろう。
瀬名の大切なものをすべて奪ってやりたい。
それが、めぐみと結婚した最大の理由だった。
『冴木、結婚おめでとう』
瀬名からメールが届いたのは、先月。
瀬名は、出向を3か月延長し、年度末まで本社にいる、という設定になっていた。
『とつぜんだが、おれは4月からニューヨークに行くことになった。会社にはもう連絡が行っているかな? ニューヨーク支店で働くことになったんだ』
まさか、と愕然とした。
あの会社はダミーだったんだ。なのにいったいなぜ……?
慌てて、ハネムーンの行先を、南の島からニューヨークに変更した。
青い海でのバカンスがなくなり、むくれていためぐみだが、ニューヨークで好きなものを買っていいと言ったとたん、コロッと態度を変えた。
「だったらいいわ。そのかわりバーキンのバッグはぜったい買ってね!」
瀬名に、今度ニューヨークに行くから会えないか、と連絡をした。
ずっと返事が来なくて、やきもきしていた。
ようやく返信が来たのが、ニューヨークに到着した昨晩。
『あしたの夜、……××ストリート〇〇番地にある『SOLID』というクラブに来てくれ。そこでいまのおれを見てほしい』
そのクラブは、倉庫を改築したゲイバーだった。
男たちが身を寄せ合うように踊るダンスフロア。
けたたましいロックミュージックと、クラブ特有の白くたちこめる煙。
剥き出しの天井の梁から回転する無数のミラーボールが、クラブ全体にまぶしいビームをまき散らしている。
ダンスフロアの横には、バーカウンターがあり、壁一面にアルコールが並べられている。
入ってすぐのカウンターの椅子に腰かけていた男の目が自分に注がれ、冴木は緊張する。
――日本では何度か、ゲイバーに行って相手を探したことがあった。
だが、海外のバーに来るのは生まれてはじめてだった。
店の奥のステージから、歓声があがる。
ステージに誰か登場したようだ。
ゲイメンズの群れをかきわけ、ステージに近づく冴木。
ボンテージ衣装に身を包んだハードゲイスタイルの黒人男に首輪のリードを引かれ、ステージに登場したひとりの男。
目もとと口もとが丸くくり抜かれた、犬の立ち耳付きの、黒い全頭マスク。
乳首をV字に通り、股間をわずかに覆う黒のムタンガ下着。
ギンギンに勃起したチンポが、股間のモッコリではっきりわかる。
手を頭の後ろで組み、赤いピンヒールを履き、ガニ股でヒョコヒョコ歩いてくる男。
全頭マスクで覆われたその顔に、舞台袖から登場したもうひとりの黒人男が、写真のようなものを透明なテープで貼りつける。
A4ほどの白い紙に印刷し、ラミネートされた写真。
(……なんだ? あれは……)
じっと目を凝らした冴木は、はっと驚愕した。
よく見るとそれは――男の尻穴の写真だった。
両手で尻たぶを拡げ、くぱぁっ、と左右に押し拡げたアナルのドアップ写真。
卑猥な縦割れのおまんこ写真に気付いた男たちが、
「HEY!」
とステージの男に声をかける。
「What's your name?(おまえの名前はなんだ?)」
びくっ、と直立したステージの男は、次の瞬間、
「ケッ……ケツマンコッ!」
と叫んだ。
この声は――――
瀬名だ。
「ケツマンコッ! アイムジャパニーズケツマンコッ!」
自分のケツ穴の写真を全頭マスクに貼りつけられた瀬名は、ステージポールにチンポをこすりつける。
「おっ、ほっ! おっ……♡ おっ、ほっ、おおんっ♡♡♡ おちんぽっ♡ ぎもぎいいっ♡♡♡」
(瀬名――瀬名っ……!)
変態おまんこショーのはじまりに盛り上がる客のなか、冴木は、胸と股間を熱くしていた……。
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