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49 side山 今度は逃がさない

 心臓がバクバク鳴っている。隠岐の手を掴んだ手が、汗に滲む。手汗凄いなとか思われていそうだなとか、戸惑ってるよなとか、余計なことを考えながらも、行動は比較的冷静で、誰とも会わないように手ばやに部屋を決めて中に入り込む。  実を言うとラブホテルの利用は、行為をするために使用したことはない。初めて彼女が出来たときは大学生で、その時は家でデートが多かった。金のない学生時代の旅行で友人たちと使ったことがあるだけで、えっちなことをするために来たことはなかった。つまり、好きな人と入ったことはない。  とはいえ、何も下心全開で隠岐を誘ったわけではない。隠岐が落ち着いて二人だけになりたいという意味で、そう言ったのだとはすぐに解ったし、告白したと言っても、まだ正式に付き合うことになったわけではないのだ。いきなり手を出したりしたら嫌われるだろう。手っ取り早く二人きりになれる――イチャイチャしても平気そうな場所という理由で、選んだに過ぎない。 (カラオケでも良かったけど、落ち着かないしな――)  カラオケルームだと、どうしても他人の目線がゼロにはならない。店の人も入ってくる可能性があるし、場合によっては部屋を間違えた(という体の場合も)といって他人が入り込むこともある。  だから、やましい気持ちはないのである!!  部屋に入ると、どこかぎこちない様子で隠岐が視線をさ迷わせた。隠岐もあまりラブホテルを使用したことがないのかもしれない。 「と。取り合えず、座る?」 「っ……!」  ベッドに座って隠岐を待つ。すぐに横に腰かけて来るものと思っていたのに、何故か隠岐は真っ赤な顔のまま固まっている。 「? 隠岐?」  もしかしたら緊張しているのかもしれない。少しおしゃべりでもと思ったが、ひょっとしたらゲームでもやった方が気が紛れるかもしれない。二人でゲームをしながらイチャイチャするのも、俺たちらしいかもしれない。ラブホテルには大抵、最新機種のゲーム機があるものだ。 「おっ、俺、先にシャワー浴びて来るっ……!」 「ゲームでもやりながら喋ろうぜ――」  同時に発した言葉に、互いに言っていることを一瞬理解できず「なんて?」と聞き返す。いや、聞こえてはいたんだけど。 「あっ。あ……」 「あ――」  隠岐が、真っ赤な顔をさらに赤くして、瞳を潤ませた。ヤバイ、泣きそう。 「おっ、俺、帰――」  逃げ出しそうな隠岐の腕を、慌てて引き留めた。 「っ!」 「待って!」  恥ずか死にそうな隠岐を腕の中に捕らえ、ぎゅっと抱きしめた。これ、俺の心臓の音、聞こえてるよな。メチャクチャ、ばくんばくん言ってる。 (シャワー言ったな……)  ゴクリ、喉を鳴らした。  そりゃあ、やましい気持ちはなかったけど。全くなかったのかと言われればそんなわけはなく。ただ、今日は、さすがにまずいよなと思っただけで。 (……良いって、コト?)  急な据え膳に、我慢していたのがいともたやすく決壊する。そう。我慢していた。だって、俺は隠岐が好きなのだ。まあ、好きだから我慢していたともいう。  それに、今逃がしたら――また、逃げられてしまいそうで。 (やっと、捕まえたのに)  あの日逃がしてしまった初恋は、シャボン玉のように俺の前から消えてしまった。そんな思いを、もう一度したいわけがない。  なだめるように髪を撫で、頬を擦りよせながら耳にキスをする。隠岐はびくんと肩を揺らし、恥ずかしいから嫌だと拒絶していたけれど、唇にキスをすると、観念したように俺の首に腕を回した。

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