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エピローグ

 榎井と付き合うようになって、俺の生活は一変した。恋人がいる生活はもちろん華やかで楽しいし、気の合う榎井と親密になったことはまさにバラ色の人生って感じだ。寮では秘密の恋人って感じだから、いろんな意味でドキドキして、それもまた刺激になっていたりする。  なにより変わったのは――。 『こんにちはー、天海マリナの弟、天海ナギですっ!』  ディスプレイに、青い髪のキャラクターが映る。少年と青年の中間くらいの見た目は、天海マリナのイラストに少しだけ似た雰囲気を持っていた。そう。これは、榎井が以前に俺のために作ったというバーチャルストリーマー。つまり、『隠岐聡』用のキャラクターである。これのおかげで、俺は時々「天海マリナの弟」として、肉声での配信を始めた。  マリナファンの中には俺が肉声で放送するのを不満に思うものもいるかと危惧していたが、予想とは違い、歓迎ムードだった。むしろ最近は実写配信を望まれているようで、少しだけ嬉しいような恥ずかしいような感じである。  マリナとナギ。二人のキャラクターを使い分けて配信するのは、それはそれで面白味がある。特に肉声で歌えるようになったのは大きい。歌うのは好きだが、やはり女声に加工して歌うのは少しだけ違和感があるから。  榎井はといえば、ナギの産みの親である絵師として活動しつつ、最近は動画編集なんかも手伝ってくれていて、正直大助かりだったりする。もっとも、榎井が手伝ってくれるのは二人の時間を確保したいから――らしいが。 「やっぱ、ナギの人気増えてるな。女性視聴者も増えてる」  パソコンの前でアナリティクスを見ながら、榎井がそう言う。マリナでは出来なかったFPSやホラーなどの動画が増えたこと、榎井が編集をしていることが、人気変動の要因だろう。 「榎井がサポートしてくれてるからね」  榎井の動画編集のセンスは俺よりずっと良いようで、榎井が編集してから格段に「見やすい」「面白い」の声が増えた気がする。やっぱり、美術的センスがあると違うのだろうか。俺も勉強しているが、榎井には適わない気がする。 「まあ、隠岐には動画撮影に集中してもらって」 「うん。いつか動画で食えるようになると良いね~」  なんてのが、最近の俺たちの夢。人気配信者になって動画で食えるようになるのは、まだまだ見果てぬ夢ではあるけれど、人気配信者になって事務所でも作って、二人で運営していけたら最高な人生だ。まあ、今の会社員生活だって悪くはないけど、夢はでっかく、と言う奴だ。 「ま、目指せ銀のトロフィーだな」 「うんうん」 「やっぱそのためにも、グッズは出したいよな。アクリルフィギュアにキーホルダー。缶バッジは絶対だろ」 「ううー、そんなの、欲しい人いるかなあ?」 「いるよ! こんなに可愛いんだから!」  力説する榎井に、恥ずかしくなって唇を尖らせる。 「それはマリナでしょ?」 「何言ってんだ。一番可愛い」  そう言って引き寄せながら、額にキスをしてくる。「まあ、俺しか知らないけど」と笑う榎井に、ぴょんと抱きついて、唇にキスをねだる。何度も唇を重ね、油断している隙を狙って眼鏡をさっと奪い取る。 「あっ」 「へへ。もーらい」  眼鏡を外すと、榎井はなんだか雰囲気がある。モテそうな感じ。メチャクチャすごくイケメンというわけではないけれど、色気があるのだ。 (んー。俺の彼氏なんだなあ)  いたずらする俺にチュッとキスを繰り返す。首筋までキスされ、小さく声を漏らした。 「ん……、ベッド、行く?」 「……ん」  ひょいと抱え上げられ、ベッドに運ばれる。もう慣れてしまったが、本当はだいぶ恥ずかしい。ベッドに座らされ、何度もキスを繰り返す。荒い呼気を吐き出しながら、ボタンを外し肩からシャツをずらしたところで、部屋のチャイムが鳴り響いた。 「―――」  互いに顔を見合わせ、固まる。 「誰だ」 「無視しよう。無視」  水をさされたことにムッとしながら、無視を決め込もうとしたが、再びチャイムが鳴り響く。 「も~~~~」  仕方がなしにため息を吐き出し、シャツを直してドアを開く。ああ、きっと榎井のその気も無くなっちゃったよ。 「はい?」  少し不機嫌を滲ませて外へ出ると、一階下に住んでいる先輩、鮎川が立っていた。どうやらお知らせの回覧だったらしい。 「はい、じゃあよろしくね」 「はぁーい」  溜め息を吐き出して、部屋の扉を閉める。防音のために玄関にかけているカーテンを開けて中に入ると、榎井はやはりベッドには居なかった。 (ほら、やっぱりじゃん!)  せっかく、良い雰囲気だったのに。ここのところ撮影と編集で、イチャイチャしてなかったのに。  恨み節を心の中で唱えながら部屋を覗くと、榎井はパソコンの前に居た。SNSの画面を開き、なにやら固まっている。 「? どうしたの?」 「――いや、その。これ」  どうやら、ナギとマリナの共有アカウントである。このアカウントは榎井もみられるようにしてあるのだ。どうやらメッセージが入っているようだった。 「ん? メッセージ?」 『初めまして。当方はピアニシモプロジェクトと申します。 ナギさんとマリナさんの動画を視て興味を持ち、ご連絡させていただきました。 よろしければ一度お話をさせていただきたいのですが、可能でしょうか――』 「えっ?」 「ピアニシモプロジェクトって、結構人気のライバーが所属してるとこだよな?」 「う、うん。えっ、これって……」 「スカウトって奴じゃ?」 「い、いやいや、こういうのは良くある「養成所入りませんか~」みたいなやつでしょ! まさか、ねえ」  舞い上がりそうな気持と同時に、まさかそんなはずないと、否定する気持ちが入り混じる。もしかしたら詐欺かもしれないし。怪しいように見えるし。 「で、でも、話聞くだけなら、大丈夫じゃん?」 「――それは、そう」  それはそうだね。話を聞くだけなら、何も問題はないはずだ。期待しない。俺は期待しないぞ。  顔を見合わせ、頷く。取り合えず、返信の文面を考えよう。そう言いながら、二人でああでもないこうでもないと、頭をひねりながら悩むこと一時間、メッセージを返信する。 「はあー。まあでも、こういう事ってあるんだな」 「俺は初めてだけど、声かけとかはあるらしいよね」 「こういう風に来るんだな……」  何を観て連絡してきたんだろうか。ちょっと気になる。そういうのも、こっちから聞いても良いのかな。取り合えず連絡はしたのだから、何らかの返事があるのだろう。もしかしたら無視されるかもしれないけど。 (あんまり考えないようにしよう……)  その後、しばらくして――。姉弟設定を一人で実施する、珍しいタイプのバーチャルストリーマーがデビューしてブレイクすることになるのは、もう少し先の話。

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