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医務室
「よし、ついた」
医務室の回転する椅子の上に下ろされ、彼は奥にある薬や器具などが置いてある棚の方へ向かってしまう。
表情は全く見えないけど、どうせポーカーフェイスを貫いているはずだ。
表情が乏しいからね。
僕は目の前に置いてあるベッドを見るために、椅子から腰を上げる。
あのガタイの良いリークが眠った状態で、ベッドに横たわっていた。
口には酸素を送る呼吸器が装着してある。
この場で殺すのもありだろうか?
そうすれば、この傷もアルマ以外の囚人たちにバレないし襲われることもない。
ただどうしても殺し=犯罪という思考になって、手が出しづらい。
それに……
「そんなことないだろ。お前の身の安全が先だ。殺しなよ」
頭の中から気味の悪い声が聞こえてくる。
殺人は倫理的にしてはいけない。
あのことは忘れなきゃ。
過去の話だ。
過去に囚われていちゃ、前に進むことは出来ない。
拳を握りしめて、椅子に座り直せばアルマがこちらへやってきた。
「よし、できた」
消毒薬と包帯とハサミ。
塗り薬と医療用テープを持ってきた彼は、丁寧に胸の傷の手当てをしてくれた。
いや包帯を巻く動作や塗り薬を塗るのとかは普通だったのに、消毒液を塗る時が一番きつかった。
傷が染みて痛かったので苦い顔をしたら、彼が調子に乗って何度も傷口に当ててくる。
目から涙が流れてしまう。
彼はその苦しそうな顔を見てクツクツと楽しそうに笑っていたので、屈辱でしかなかった。
僕は顔を赤くして怒鳴り散らす。
アルマは反省していないのか、さらに笑い声を高らかに上げる。
「なんであんなに笑うんだよ!こっちは痛かったんだぞ!」
「いや、面白くてつい」
「面白がるなよ!」
「そういうところが面白いね」
彼は目を閉じて口角をあげ、にこりと微笑む。
その表情を見て、つい顔を背けてしまう。
顔が赤くなって、とても恥ずかしい。
頭のいい奴は、何を考えているのかよく分からないな。
「あっ、そうだ」
彼がベッドの下にある狭いスペースから、囚人服を取り出した。
オレンジ色に、六桁の番号が書いてある。
それを僕の目の前に差し出した。
無言で受け取る。
これがあれば自分が看守だとバレないし、この船から逃げ切ることができるはず。
アルマなりの配慮であり、捕まらないようにするための手段だ。
しかしなぜこの場所に囚人服の予備があるのを知っているのだろうか。
疑問に感じてしまったので、青ざめた顔で恐る恐る尋ねる。
彼は表情を変えることなく、遠くを眺めた。
「看守を説得させて場所を暴いたまでだ。怪我を知ったのは触ったから。俺が廊下を小走りしていた理由は、囚人服を早くとってキミに着せたかったから。これ以上、本当のことを知る必要はない」
「それってどういう……」
「言葉通りの意味だ。知る必要はない。でもいずれわかるだろう。監視室に行けば」
「!?まさか監視カメラ……」
目を開いて、彼の綺麗で整った横顔を眺める。
開いた口が塞がらないほど、驚愕してしまった。
今まで気づかなかった僕自身を呪いたい。
確かにあの廊下には、監視カメラが設置されている。
しかも動いていた気がする。
小走りだった理由はそれか。
囚人が見ている可能性が高いから、気づかれないようにしたのか。
走ったら、気づかれたと相手にバレてしまう。
小走りなら不自然じゃないし、歩いたら監視カメラに顔と服装が映ってしまう。
ここまで計算していたことに、衝撃を覚える。
「もしかしてあの行為も見られた?」
「いや、それはない。監視カメラはあの近くに存在しないからね。見られてないよ」
「アルマくんがそう言うなら、そうだね」
「……おしゃべりはこれくらいにして、着替えてきなよ」
「うん」
彼に肯定の反応を示した。
囚人服を抱えたまま、奥にあるベッドのカーテンを閉めた。
アルマとは反対方向を向き、ベッドに腰を下ろす。
海軍が着ていそうな白い看守服のボタンをとって、脱いだ。
一応ポケットに入っていた身分証明の黄色いカードを取り出し、看守服と共にベッドに置いた。
オレンジ色の囚人服を上下とも身につけ、カードを後ろのポケットに仕舞う。
囚人服に書いてある番号は、「432678」。
なんだか現実味がなく、お腹がストレスでモヤモヤする。
ううっ、吐きそう。
囚人服に慣れていかなきゃ、この船で生きていけないからしょうがないけど。
カーテンを広げてアルマのいる方へ向かう。
回る丸椅子に腰を下ろしていた。
彼は分厚く付箋だらけの青色のファイルを広げて、中身を読んでいる。
正面へ歩み寄ったのに、構わず読み続けていた。
「何読んでるの?」
好奇心のまま隣へ来て覗いてみようとしたら、閉じられてしまった。
「難しい論文。キミには関係ない内容」
彼は呆れ顔のまま、ファイルを机の上に置いた。
論文と言われて、読む気は無くなってしまう。
文章が多いものは読みたくないし、僕は記憶力は人一倍良い方だが頭の出来は良くない。
たとえ読めたとしても、理解できるとは考えにくい。
僕は扉の四角い溝に手をかけ、ここから出ようとした。
すると彼も立ち上がり、僕の後ろに続いて歩みを進める。
後ろから感じる強い殺気に、背中の毛穴が広がり汗が迸った。
振り返ることはせず、彼が近い距離、接近してくるので怯えてしまう。
後ろ、怖くて見られない。
なぜか尻も触ってきているし、これってセクハラの一種か?
それとも彼なりの愛情表現?
直球すぎて、足が棒のように固まり動けない。
「ねぇ、扉開けないの?」
「え?」
何事もなかったように尻から手が離れ、殺意も消えた。
僕は何も考えることなく、医務室から外へ出た。
廊下には、相変わらず誰もいない。
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