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五日前
新しい子供達を受け入れるという話が職員に伝えられたのは五日前の朝礼でのこと。眉間の皺を何度もこすりながら、施設長は険しい顔で報告した。
「えー、一か月前に立ち入り調査が行われた例のラブホテルだが、予想通りメルヘン売買を行う違法組織であったことが判明した。保護した子供は約50人。よくもまぁこんな人数を隠していたなと呆れるが……。で、まぁ50人のうち、7人をうちの施設に入所させることになった。したがって、児童の担当を決める必要がある。基本は現在担当児童がいない一班の職員に回すが、場合によっては現在担当児童がいる職員にも声をかける。入所は五日後、それまでに一班は閉鎖棟の部屋の整備。また適宜入所児童の部屋移動を。その他詳細は紙にある通りだ。次に……」
急ぎ足の朝礼が終わった瞬間、担当児童を持つ職員は早足で職員室を出ていった。しんと静まりかえった室内に残ったのは、この間ようやく担当児童を新しい家族のもとへ送り出し一仕事終えた一班の職員達だ。この間までその安堵と喜びに爽やかな笑顔を見せていた彼らは、今はずーんと沈んだ表情を顔に張り付けている。
俺は視線を紙に戻した。無理もないと思う。俺だって、同じ気持ちだ。
「はー、ほんと、次から次へと子供達が連れてこられて、嫌になっちゃう」
大きなため息共にそう悪態をついたのは、俺の一つ下の後輩、野中悠生 だった。頬杖をつく彼を見て、彼と同期の赤坂春広 は苦笑する。
「そうですねぇ」
「どんだけ腐ってんのってハナシ。この社会」
「結局、皆『メルヘン』を手放したくないんですよ。メルヘン保護と平等を推進するって言ってる政治家でさえ、使用人にメルヘンを使うんですから」
「使用人じゃなくて、奴隷、な」
春広の発言を、悠生がそう訂正した。室内の空気がまた重くなる。俺は会話には参加せず、手元の紙に印字された「人身売買」「売春」「ストレス商法」という文字列をじっと見つめた。
人は「リアル」と「メルヘン」のどちらかにカテゴライズされる。それがわかったのは、およそ100年ほど前だったか。人類のおよそ9割はリアルに属し、残りの1割がメルヘン。リアルを基準にすると、メルヘンは知能がやや劣り、体が小さい。しかし、リアルとは比べ物にならないほどの芸術的センスと創造力を持つとされ、彼らの奏でる音楽は人の心を癒し、彼らの生み出す文章は、絵は、見る人の心を惹きつけて離さない。人類がリアルとメルヘンに二分できると知られる前の社会において、芸術的に多くの功績を残した人々の多くはメルヘンだっただろうと、今は言われている。
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