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五日前 2

 だが、彼らはその特性ゆえにいつの時代、どの国においても社会的弱者であり、下層階級に位置付けられていた。ある調査によると、メルヘンの8割はリアルの保護下―という名の奴隷制の中―にあるという。人権意識の進んだ現代社会においてもその状況はさして変わらず、メルヘンを利用した人身売買、売春はもちろん、リラクゼーションという名でストレス発散にメルヘンへ暴行を行うという店まで登場する始末。政府はそれらを認知しながらも行動を起こさない。法整備もしない。なぜなら、彼らもまた社会全体に蔓延るメルヘンへの奴隷的扱いによる恩恵を受けているからだ。メルヘンが弱者であるが故に人々の精神的健康が保たれている社会で、メルヘンを解放しようという声は小さい。  こうして概観すれば、悠生がこの社会を「腐った」と表現するのも無理はないように思う。 「で、でも、だから私たちがいるんじゃないですか!」  重苦しい空気をその高く澄んだ声で吹き飛ばしたのは、これまた同期の花見和恵(はなみ かずえ)だった。 「政府が動かないなら民間で動く。民間で動いたほうが仕事が早い。だからメルヘンの子達をたくさん助けられる。そうですよね? 確かに酷い社会だけど、ずっとこうして愚痴を言ってても仕方がないですよ!」 興奮した彼女はそのまま立ち上がり、勢い余って椅子を後ろに倒した。がたんっとそれなりに大きな音が鳴る。花見さんは照れ臭そうにしながら椅子を元に戻すと、また向き直った。 「ほらっ、もう五日後には新しい子達が来るんですよ! 早く準備してあげないと! ねっ、冴島さん!」 突然同意を求められ、少々面食らう。過酷な状況の子供達を見てきてよくここまで擦れずにいられるよな、と感心しつつも、彼女の言うことはその通りだ。俺は立ち上がり頷いた。 「そうだな。花見さんの言う通りだ。いろいろ言ってても仕方がないし、俺達に出来ることをやるしかない。なんで、ひとまず仕事に移ろう」 そう声をかけると、花見さんはもちろん、悠生や春広、他の職員も立ち上がった。  職員室を出ると、むっとした夏の空気が肌にまとわりつく。今日もまた、息をするだけで疲れそうな日になりそうだ。そんなことを考えた瞬間、ふっと視界の端に見慣れたポニーテールが映った。 「やっぱり班長が言うと効き目が違いますね」 一班唯一の女性職員である花見さんはそう笑って、すたすたと歩いていった

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