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入所初日 2
子供達の情報を整理する事務作業をしていると、すぐに昼食の時間がやってきた。職員は自分の昼食の時間も惜しんで仕事に向かう。
ひなどり棟へも、今朝のメンバーが走った。まだ担当児童は決まっていないが、昼食を届けに行くのは同じ人間であるほうがいい。そういう考えがあるからだ。
ひなどり棟に届けられた給食を受け取り、各々部屋に入る。俺もまたトレイを持って一番突き当たりの部屋に向かった。
ノックはせずに、音を立てないようにドアを開けて部屋に入る。少年は部屋の真ん中で、最後に別れたときと同じ体勢で座っていた。つまり、もう2時間近くこのままでいたということだ。
「お昼ご飯の時間だぞ……って、あ」
彼に近寄ろうとしたとき、ツンと鼻を刺すアンモニア臭を察知する。下を見ると、やはり。彼の座っている場所には水たまりができていた。足と短パンを濡らして、その場に座り込んでいる。動けないのかもしれない。
俺はトレイを部屋の隅に置いて、PHSで他の職員を呼んだ。すぐにやってきたのは悠生で、部屋を見てすぐに何が起きたかを把握してくれた。
「部屋の掃除頼めるか。俺は着替えさせてくるから」
「わかりました」
少年の両脇を持って立たせ、部屋の外に連れていく。まるで人形のような子供は、されるがままだ。
一階事務室の隣にある小さな浴室に連れていくと、ここで初めて少年の体が強張ったのがわかった。震えることも抵抗することもないが、ただ体全体に力を入れて、「何か」がくるのに備えているようだ。
「怖いことは何もないぞ」
そう言いながら、少年をバスチェアに座らせる。少年はその間も自ら動くことは無かった。しかしその目は真ん丸に見開かれている。
浴室に嫌な思い出があるのだろう。浴室では基本的に裸になるため無防備だし、人を簡単に痛めつけられる水や熱湯が蛇口をひねれば放出される。床も壁も固く冷たく、出入口は一つだけ。本来であれば身体を休めるための場所が、少年にとっては逃げ場のない拷問部屋に見えているのかもしれない。
俺はシャワーに手をかけてから、シャワーの勢いや音もダメかもしれないと思い直した。時間はかかるが、桶にぬるま湯をためてすこしずつ綺麗にしたほうが少年は怯えないだろう。
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