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気がかり

 その日は夕方に臨時会義が開かれることになった。会議の前に少年の元に夕食を運んでから急いで職員室に戻って着席する。会議のメインは今日入所したあの子達のことだろう。  職員が全員揃ったところで、施設長は話し始めた。 「今日A店から保護した子供達の担当だが、事前に通告していたとおりひとまず今担当している児童を担当児童ということにする。一人で二人担当している職員には、後程個別に対応する。で、相性や児童の精神状態に応じて担当替えは行うこととする」 やはり、今回も担当児童が変わることは無いらしい。俺の担当は、あの少年だ。 「次に、健康診断の日程だが5日後に行おうと思っている。よって、それまでに担当職員は児童の名前をしっかり考えて決めておくように。決まった職員から班長に報告、班長はまとめて私の元へ書類を持ってこい」  その後、入所児童への対処について医療部から注意事項などが口頭で伝えられて、臨時会議は終了した。夜勤の職員以外はそれぞれ帰宅していく中、一班だけはひなどり棟へ向かう。  ひなどり棟の少年の部屋の前に立って、小さなガラス窓から中の様子を覗く。明るい部屋の真ん中で、少年は夕食の置かれたトレイを前に座り込んでいた。やはり、食べられないか。  部屋に入り、俺は少年から少し距離を取って座った。 「食べるのも元気がいるからな。今はあんまり、食べる気になれないかな」 「……」 「でも、喉は渇いたんじゃない? 水だけでも飲んでみないか」 「……」 反応は無い。この調子だと、彼の体が心配になってくる。きっと、もう随分心は何かを食べられる状態ではなかったのだろう。だが、無理やり食べさせられていた。だから彼は、今生きている。  俺は少しだけ少年に近づいた。そしてトレイの上のスプーンとコップを手に取り、スプーンで水を掬う。そのままゆっくりと、俯く少年の口元にスプーンを運ぶ。一口の、たった少しの水でも、彼に飲んでほしかった。 「飲んでみよう。きっと喉が潤うよ」 「……」 少年は無反応だ。固く閉じられた唇は動きそうもない。俺は少年の顔をじっと見つめた。今にも閉じてしまいそうなほど下げられた瞼の奥に見える黒い瞳には、ただひたすらに闇が見える。豊かなまつ毛は動くことなく、こけた頬に見える切り傷や痣は痛々しい。唇も切れていて、瘡蓋が二つほどあった。肩につきそうなほど伸びた黒い髪は少々べたついていて、ずっと風呂に入れられていないこともすぐにわかる。  この子を、どうしたら救えるのか。この世の悲しみを全て引き受けたようなこの幼い子供を前に、俺はただただ途方に暮れた。

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