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医療部
翌日、宿直室で朝を迎えた俺は、共同スペースで他の一班男性職員と共に朝食を取り、朝礼に出席した。昨日の児童全体の情報共有と、今日のつばめ棟の活動についての情報共有が行われる。今日、つばめ棟はみんなでプールに入るらしい。夏らしくて良いな、なんて少し気持ちが和む。
朝礼を終え、少年の様子を見に行こうと立ち上がった時、とんとんと肩を叩かれた。振り返ると、ひなどり棟の事務員の女性である。
「おはようございます。あの、105号室の男の子の件で、お話が」
女性は、眉を八の字に下げて不安そうな表情だった。105号室の男の子とは、担当の少年のことだ。夜に何かあったかと、少し身構える。
「昨日の夜もずっとカメラで見ていたんですけど、ずっと起きてるんです。あの座った体勢のまま。座ったまま寝てくれていたらまだ良かったんですが、部屋に見に行ってもやっぱり寝ていないようで……。昨日は何も口にしてないんですよね? このままだと、体のほうが限界になってしまうと思って」
「そうですか……」
「ほかの子は、昼は食べれなくても夜は食べてたんです。夜も、魘されて起きる子は多かったけど、眠れていました。これまでの子も、大体はそうだったじゃないですか。でも、あの子はちょっと……。健康診断までに施設の環境に慣れさせるって話でしたが、早めに百瀬先生に見てもらったほうが良いと思います」
「そうですね。まずこれから様子を見に行って、それから考えます。ご報告ありがとうございます」
頭を下げると、女性もお辞儀をして仕事に戻っていった。俺は少し早足でひなどり棟に向かった。
ひなどり棟の児童用の朝食を持って部屋に向かい、廊下から中を確認する。確かに少年の体勢は昨日最後に見た時と変わらなかった。一晩中あんな風に座っていたら、体は疲れきっているだろう。俺は部屋に入り、少年に近づいた。
「おはよう。朝ごはんだぞ。今日は、だいこんがゆと、お水」
少年の前にトレイを置くが、反応は無い。もうかなりお腹は空いているだろうに、手や視線が動く気配は無い。
「昨日は眠れなかったんだって? 事務員さんが心配してたぞ」
「……」
「初めての場所で寝るのは、やっぱり怖いかな」
「……」
無反応。これは確かに、少し危ないかもしれない。無理に食べさせられないからと言って放置していたら、脱水症状に陥ってしまう可能性もある。介 を呼ぶしかない、か。
俺は医療部へ連絡を入れてもらうよう事務室にお願いして、もう一度少年の部屋に戻った。
「今からお医者さん来るからな。でも、怖い人じゃないよ。君を助けてくれる人」
そう声をかけてから、早めに名前を決めてやらないと、と思う。いつまでも「君」なんて呼んでいるわけにもいかない。しかし、今後一生ものになる名前だ。テキトーに決められるものじゃない。俺はこの命名が、施設での仕事で一番苦手だった。
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