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医療部 2
介は10分ほどで部屋にやってきた。ノックせずに部屋に入ってきた白衣姿の彼を見て、ふっと胸を覆っていた緊張が緩む。彼がやってくればもう大丈夫だという安心感だ。
「食べられない、飲めない、眠れない?」
「そう。反応も無くて、困ってる」
「うんうん」
介は大きめのトランクケースをマットの上に置いて、少年と向かい合うように座った。ケースを開けると、すぐに見慣れた医療器具が目に入る。彼は聴診器を首にかけ、その他いろいろな医療用具を取り出した。
「体の音聞くから、桐也、ちょっとその子の背中まっすぐに支えてくれる?」
「わかった」
両脇に手を入れて、丸められていた背がまっすぐに伸びるように、胸が張るように支える。俯いていた少年はぴくっと微かに動いてから、顔を右にそむけて俯いた。その様子を、介はじっと観察する。
「ありがとう。じゃあ、まず胸の音聞くからねー」
介は服の上から聴診器を当てた。真剣な表情で診察を行う年上の幼馴染の姿を見て、俺は「かっこいい」なんて感想を抱いていた。
腹部の診察も終え聴診器を外した介は「もう離してあげて」と言った。言われた通りに手を離すと、少年はまた背を丸めて俯いて座り込む。
「かなり心拍数上がってたよ。顔には出ないみたいだけど、やっぱり相当怖いんだね。お腹のほうは、音が鳴ってなくて無音状態。昨日はトイレに行ったのかな?」
「あぁ、尿も便も出てたな」
結局、どちらもトイレですることはできなかったのだが。
「そっか。お腹に何も入ってないし、そもそもお腹の動きも弱くなってるんだね。昼まで放置してたら絶対脱水になってたから、朝呼んで正解だよ。このまま点滴しよう」
介はそう言って、始めに取り出していた器具を組み立てて簡易的な点滴台を作った。俺には、少年を横たえるように指示する。
少年の体を横にすると、昨日と同じ荒い息遣いが聞こえてきた。「ふぅ、ふぅ」という鼻を抜けるような声は恐怖心そのもので、少年のためとはいえ可哀想な気持ちになってくる。
「怖いよねー。大丈夫だからねー」
介はそう言いながら、これまた簡易的な枕を俺に手渡した。それを少年の頭の下に入れてやり、少年が動かないように肩を抑える。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
「大丈夫だよ、大丈夫」
自ら動こうとしなかった少年が、介とは反対の方向に顔を向ける。仰向けになるように肩を抑えていなければすぐに丸まってしまうということがわかるくらいには、少年の体から抵抗の力を感じた。
ただでさえ無くなっている体力を使い果たすように、少年は肩と胸を上下させる。ときどき足もぴくぴく動かして、逃げだしたい気持ちを全身で表現していた。
「怖くないよ、怖くない」
介が、優しく穏やかな声でそう告げる。点滴袋がセットされ、あとは針を刺すだけとなった。
「すぐ終わるよ。一瞬だからね。大丈夫」
「ひあっ!」
これまでで一番大きな声が、少年の喉から放たれた。ぽた、ぽたとゆっくり点滴が流れ始める。もう痛みは無いはずだが、少年はまだ断続的に声を出していた。
「あ、あ……あ、ぁあ……」
「もう大丈夫だからね。痛くないよ。痛くない」
介は既に鞄に道具をしまい始めていた。もう次の仕事があるのだろう。彼はこの施設でもかなり多忙な人間だ。
「点滴は二時間ぐらいで終わるから。終わったら、ご飯出して、それも食べられなかったらまた呼んでね」
「ありがとう、介」
ひらひらと手を振って、介は部屋から出て行った。
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