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過去

 午後は本館で事務作業をこなした。職員室には一班の職員が集い、それぞれの席で仕事に励んでいる。  この時期の事務作業では、特に、新しい情報が毎日追加されるひなどり棟の子供達に関する資料をとりまとめていく。これは新しい子供が来た時は毎回やることなのだが、やはり骨が折れるし精神も疲弊する。  何しろ、その情報の中身というのが酷いものなのだ。彼らがいた店がいつ、誰に、どんなことを行っていたか。それらに関して、毎日情報が更新されていく。そしてこの情報というのが、更新されればされるほど現実味を帯びた、詳細な、生々しい記述となっていき、さらに残っている当時の写真までついてくることもあるのだ。  見たくは無いが、これらの情報をもとにそれぞれの子供への対応を考えていく必要があるし、医療部にとってこの資料は重大な意味を持つ。煩雑な状態で医療部へ引き渡すことなどできないため、職員総出でまとめていくのだ。  机の上に積み上げられた紙の束を一枚一枚確認し、内容によって異なるファイルに綴じていく。  最終的にはここにいるどの児童がどんな暴行を受けたのかまで分析し児童ファイルに綴じる予定だが、まだ子供達の写真も撮っていないしその判断は難しいため、現時点ではその情報が店が行っていた「人身売買」「性的接待」「ストレス商法」のどれに分類されるかを見極めそれぞれ綴じていった。  気が滅入る。  こんな過去は忘れて、今の子供達に会いに行きたい。  そんなことを思いながら資料を綴じ、また紙の山から資料を取り出して目を通したとき、俺はうっと息を詰まらせた。それは写真付きの資料だった。A4用紙の上部に、薄汚れたコンクリート壁と、その床に倒れ込む少年の姿が写っている。少年は体に何も身につけておらず、肌は垢で汚れ、ところどころ背中には殴られた後のような痣と擦り傷が見受けられた。一番酷いのは下半身だ。尻は赤く腫れ、割れ目の間から白い何かが流れ出ているのがわかる。同じ箇所からは血も流れているようで、一目でこの少年の身に何が起きたのかがわかった。  俺は口を手で覆い、吐き気を堪えた。これは性的虐待を受けた少年の写真だ。年端もいかぬ、幼いメルヘンの子供になぜこんな惨いことができるのか。きっと、何をされているのかもわからないままに、こんな暴行を受けたのだろう。自分の身がどうなっているのかも、なにもわからずに。  もうこの写真を見るのはやめよう。これは「性的接待」の分類だ。そうして資料を綴じようとファイルに手をかけた俺の目は、写真の、少年の顔をしっかりと捉えて固まった。その顔には見覚えがあった。髪に隠れているところもあるが、間違いなくそう。この写真は、あの少年ではないか……。  気絶しているのだろうこの写真と、先ほどの少年の寝顔がリンクする。  俺は急いで資料を綴じ、ファイルも閉じて目を伏せた。今までこんな経験は何度もしてきたのに、なぜだか今回は異様に堪える。あの少年が。恐怖さえ上手く表現できなくなっているあの少年が、どんな過去を背負って現在に至っているのか。それを考えただけで、目の奥が熱くなる。  俺は他の職員にバレないよう、机に肘をついて組んだ手の甲に額をのせて、静かに涙を流した。

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