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テディベア 2

 少年の部屋に入ると、少年は朝食時に運んだトレイの前に未だ座り込んでいた。少年の前にしゃがみ、彼の表情を観察する。すると、口をもぐもぐと動かしていることがわかった。俺はそれを見て、思わずくすっと笑ってしまった。 「ご飯を見ながらもぐもぐしても食べられないんだよ。ほら、自分でスプーン持って、口に入れてごらん」 スプーンを少年の手に近づけると、「ふぅ、ふぅ」という息遣いが聞こえた。これは少年が緊張している、もしくは怖がっている証拠だ。そのことが、最近わかるようになった。 「あーん、なら、食べられる?」 触れられるのが怖いなら、まだ食べさせるしかない。そう判断し、「ちっちっ」と猫を呼ぶときのように舌を鳴らして、少年が顔を上げるように促した。予想通り、おそらく初めて聞くだろう不思議な音に反応して、ゆっくり少年が顔を上げる。俺はおかゆを掬って、昨日と同じように口に運んでやった。 「あーん」 俺が大きく口を開けると、少年も真似をする。昨日よりもスムーズに食べられたことに安心して、俺はまた次の一口を掬った。 「お腹空いてたんだな。良いことだな」 「……」 「それとも、ここのご飯が美味しいって気が付いた?」 「……」 「……いつか、ちゃんと話せるようになるからな」  最後に水も飲ませて、朝食の時間を終えた。今日も食べきることは出来なかったが、今はまだこれでいい。食事とはどうやって行うものなのか、怖いものではないのかどうか、それさえわかってくれれば御の字だ。  トレイを返してまた部屋に戻ると、少年がいつもよりも少しだけ頭を左に向けていた。少年の視線の先にあったのは、プレイルームから持ってきたテディベアだ。俺は少年と向かい合うように座り、テディベアを拾い上げた。 「これ、なにかわかるか?」 「……」 「これはクマのぬいぐるみだよ。クマさん」 小さなテディベアの片腕を上げたり下ろしたりして、まるでそこでテディベアに命が宿ったかのように動かすと、少年は小さく口を開いた。反応している。 「名前は何がいいかな? クマ五郎にでもしとくか? クマ五郎のお腹はふわふわで気持ちいいなぁ」 少年の前で、細かな茶色い毛に包まれたテディベアのお腹をゆっくり撫でてみせる。 「お腹撫でられると、気持ちいいなー」 クマ五郎を少年の前に置き、またお腹を撫でてやる。そうしてから、俺は少年を促した。 「ほら、君も撫でてごらん。クマ五郎のお腹、ふわふわで気持ちいいよ」 「……」  少年の目はしっかりテディベアを捉えているが、指示の内容がよくわからないのか、動こうとはしない。俺は少年の手の近くに、テディベアをゆっくり運んだ。テディベアがほんの少し触れるくらいの位置に置いたが、少年は呼吸を乱すことはなかった。スプーンの時はダメだったが、テディベアは大丈夫らしい。 「クマ五郎が君の手に当たってるよ。触ってみて」  そう言って、俺はテディベアをちょんちょんとつついたり、優しく撫でたりした。これも真似してくれれば、そんな希望からだった。

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