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健康診断

 翌々日は、ひなどり棟の子供達の一斉健康診断だった。といっても、本館三階の医療部に出向くことは無い。つばめ棟の子供達であれば運動にもなるしある種の探検のようになるので本館に行くのだが、ひなどり棟の子供達にとって環境の変化は恐怖である。だから、健康診断は各自の部屋に医師と看護師が出向いて行うことになっている。  部屋で幸月と共に順番を待っていると、扉の外から「失礼します」という微かな声が聞こえ、ついで介と女性看護師が中に入ってきた。俺の隣に座って俯いていた幸月はわずかに肩を揺らしたのち、顔を左右に揺らしながら「ふぅ、ふぅ」と息を吐いた。 「緊張するよな。大丈夫、すぐ終わるから」 そう声をかけて、幸月の足にかけているタオルケットを腰のあたりまで引き上げる。幸月が寝るときのために用意したタオルケットを彼は気に入ってくれたようで、最近は怖いときに自分を守るための道具としても機能するようになっていた。その様子を見て、介がふっと笑う。 「幸月君はそのタオルケットが好きなんだね。そのままで良いから、少しお腹の音聞かせてね」  介はてきぱきと動き、幸月の胸や背中に聴診器を当てた。その間に、女性看護師は体重計や身長計を用意している。初めて見るであろう器具に怖がっていないかと幸月を伺うが、彼は目の前の介への恐怖のために、隣で起きていることには気が付いていないようだった。 「うん、大丈夫そう。じゃあ、ちょっと骨見るから、触らせてね……」  介がそう言って幸月の脇腹に手を入れると、幸月は「ひゅっ」と喉を鳴らして「いやいや」というように首を横に振った。しかし肝心の体が動かないのが、幸月らしい。この子は基本的に反応が薄いのだ。この間の夜は、本当に、彼の心が限界にあったのだろう。 「ごめんねぇ。すぐ終わるから……」 「う、う、あ」 「幸月、大丈夫」  介は幸月の足首に触れた。俺は幸月の手の上に優しく己の手を触れさせた。そこで、幸月の手が痛いほどに固く握りしめられていることに気が付く。顔自体は無表情で、表に現れる恐怖といえば呼吸音と首の動きだけだが、彼は精一杯抵抗していた。  ようやく触り終えると、介は手元の用紙に何かを記し始めた。その間に、次は看護師が体重と身長を測るように促す。 「それじゃああとは体重と身長を測って終わりです。幸月君、立てるかな?」  幸月の脇に手を入れて立たせると、幸月はその手にタオルケットも握って立ち上がった。それを見て俺と看護師はクスリと笑う。よほど離したくないのだ。 「タオルケット持ったまま測って良いからねー。体重計乗れるかな?」 「幸月、ほら、ここに上がるぞ」  俺は幸月の手を取って前に進むよう促した。しかし、始めてみるその物体に乗ることに抵抗感があるのか、幸月の足は動かない。抱き上げて乗っけてもいいが、まだ抱っこされたことのない幸月に今突然それをすると、パニックを起こすこともあり得る。  結局、いつものように俺がお手本を見せることにした。 「ほら、こんな風に乗るんだ。何も起きないだろ? 怖いものじゃないんだよ、これは」  何回か乗り降りしてみせて、幸月はようやく足を動かしてくれた。おそるおそるといったふうだったが、体重計に乗り上げる。この体重計は子供を怖がらせないために音は鳴らない。看護師は体重を用紙に記録した。 「次は身長だよ。はい、またここに立ってね」 今度は、幸月に促すより前に俺がお手本を示してみせた。幸月はそれをじっと見つめる。身長計は普通上からバーを引いて測るが、これにバーは無い。頭上から何かが下がってきて頭に触れるなど、彼らにとって恐ろしい以外の何物で無いからだ。  体重計に乗ったときよりも、幸月はすんなりと身長計に乗ってくれた。手早く測り、十秒も立たずに測定が終わる。  健康診断は、時間にしていえば三十分もかからずに終わった。しかし、幸月にとってはその何倍もの長さに感じられただろう。大人三人に囲まれるなど、彼のこれまでの生い立ちからすればろくなことはなかったはずだ。今日の夜も、注意して見守らなければならない。隣で無表情に一点を見つめる幸月を見ながら、そう思った。

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