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臨時会議

 健康診断も特に大きな問題無く終了し、それからさらに1週間後。  1日の業務を終えた後、ひなどり棟担当の職員と施設長他医療部などが残って臨時会議が開かれた。保護して約2週間、子供達の様子に関する報告書を読み合い、今後の対応について検討するというのが主な内容だった。  保護した子供達の資料には、これまでの略歴からここ2週間の朝から夕方までの行動を詳細に記した記録と、健康診断の結果、そこから推測できる彼らの年齢などがまとめられている。  子供達は11歳から14歳がほとんどだった。やはり、体格と年齢がリアルの人間に比べるとミスマッチだ。彼らの言動は、どう見ても年長さんから小学校低学年程度のものなのだから。  俺はぺらっと資料をめくり、幸月の推定年齢を確認した。彼はどうやら13歳らしい。世間一般でいえば中学一年生にあたる男の子というわけだ。ふと、見たことも聞いたこともない幸月の13年を想った。一体何を見て、聞いて、感じて、彼は生きてきたのだろう。  それぞれ報告をし終えた後、施設長が渋い顔をして口を開いた。 「冴島担当の幸月だが、2週間一言も言葉を発していないのか」  ちらっと目線を合わされ、反射的に「はい」と返す。自分自身気にしていたことを指摘され、安心したような、何か自分の落ち度を晒されたようなおかしな心持ちになった。  幸月は、「あー」や「うー」といった喃語的なものは発するが、明確な意味を持った言葉を未だ発しない。それだけでなく、こちらの問いかけに対して理解を示していることがわかるような反応も見られない。ご飯を食べさせた時などは、「もぐもぐ」という口の動きを真似するような反応を見せたが、それ以上の、言葉を介したコミュニケーションは未だ取れていなかった。そして、言葉に反応できないのは保護した子供の中で幸月だけだったのだ。  施設長は深くため息をついた。それが、幸月の現状、彼が抱えている傷に対するものであることは理解していたが、やはり自分のコミュニケーションの取り方に不足があったと感じざるを得ない。俺もまた、意味なく資料に顔を俯けた。 「幸月の担当を変えてみるか。女性職員に変更してみるのはどうだろう」 「施設長。私の意見としては、幸月君はまだこの環境に慣れていないだけではないかと思います。冴島先生との相性は、健康診断の時やそれより前の処置で見た限りでは悪いとは思えません」  施設長の担当変更案に間髪入れずに意見したのは介だった。彼はまっすぐに施設長の目を捉えていた。俺を擁護したい、というよりは、ただ事実を告げて変更の必要は無いと言っているだけのように見える。介は仕事に私情は持ち込まない。 「ですが、このままあと一週間様子を見るというのもどうなんでしょうか。保護したばかりの子供の担当変更は珍しいことじゃないですし、今のうちに試せることは試すのが得策だと思いますよ。これまでの子供達を見てきても」 今度はベテランの女性職員が口を開いた。俺よりもうんと長くここで勤めている彼女の言葉は、どうにも説得力がある。介は彼女に「そうですね……」と何かまだ言いたげに言葉を切り、そしてまた施設長を見た。最終判断は施設長だ。  施設長はうぅんと唸った。腕を組んでしばし黙考した後、俺の2つ隣に座っていた花見さんに視線を向けてこう言った。 「花見はどう思う?」 花見さんはわかりやすく狼狽えた。「えっ、と」と俺をちらりと見た後、可哀想なほどに眉を八の字に下げて口を開いた。 「担当は、変えてみても良いのではないかと思います。職員がころころ変わるのは、子供達にとってあまり良いことじゃありません。特に、信頼関係が築けた後では難しいので、幸月君が一番落ち着ける人を今のうちに見つけるのが、良いかと……」 「花見、お前に任せてもいいか?」 「わ、私ですか?」 「感情を出すのが苦手な子供は得意だろう。これまでも、そういう子供と相性が良かった」 「そ、うですね……」 花見さんはもう一度俺を見た。「本当にいいのか?」という目をしている。俺に申し訳なく思っているのだろう。担当変更は珍しいことじゃない。何も気にすることは無いというのに。

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