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臨時会議 2
俺は花見さんに目を合わせて微笑んだ。うんうんと頷いてやると、彼女も一度頷いた。
「わかりました。幸月君も担当させて頂きます」
「ありがとう。そうしたら、花見の担当が二人になるから、冴島は花見のサポートとつばめ棟のサポートに回るように。今日明日中に引き継ぎを済ませておいてくれ」
「はい」
「他、なにか報告、意見のある者はいるか?」
誰も反応しないのを見て、施設長が立ち上がる。「解散」という声掛けで、ざわざわと職員が動き出した。資料をまとめて部屋を出ようとした俺に後ろから声をかけたのは花見さんだった。彼女は先ほどの「やる」というしっかりした言葉から一転、どこか歯切れ悪そうに、俺を見たり俯いたりしながら言った。
「幸月君のことですが、その、な、なにかこの資料以外に注意点などあれば……」
「あぁ、ほとんどこの資料に書いたから、資料にある通り気を付けてもらえれば大丈夫だよ。クマのタオルケットとテディベアが近くにあると、最近は落ち着いてる気がする。それくらいかな」
「ありがとうございます……」
花見さんは何度も頭を下げて、足早に部屋を出て行った。特別話すこともなかったのにわざわざ話しかけてくるなんて、彼女らしい。
ふと周りを見ると、部屋には俺しかいなかった。他の職員は全員宿直室に戻ったのだろう。誰もいなくなった部屋で、俺はそこに満ちた静寂に身を委ねながら、一つの終わりを感じていた。
まさか幸月の担当が今日で終わるとは思わなかった。彼を保護した時から、担当となったときから、幸月がこの施設から旅立つまで自分が一番側にいるのだと覚悟を決めて仕事をしていたのだ。
だからこそ、心にぽっかりと穴が開いてしまったように、胸がすぅっと冷たくなった。明日からは幸月は俺の担当ではない。だから朝から夕方まで世話をすることはない。どこかですれ違ったり、時折見守ることはあるかもしれないが、俺は彼の成長を間近で見ることは出来なくなった。
いいや、それでも悪くは無いのだ。俺は幸月専属の職員ではなく、この保護施設の職員であるのだから。職員は全ての子供と平等に接する。全ての子供を守り育む義務があるのだ。彼ら一人一人の成長はかけがえのないもので、その成長は毎日起きている。子供の成長とは素晴らしいものだ。
だから、今回の決定も、幸月という一人の子供の成長のためには必要な措置だったと思えば、俺はちゃんと幸月を育むことができたといえる。
「担当変更なんてよくあることさ」
無意識に放った言葉は、一体どこへいく。この無機質な部屋の、どこに落ちた。
あれこれと綺麗ごとを並べても、俺の胸は冷たくなったまま、曇り空から雨空へ移り変わりそうな不安定なまま、ただ雲に隠れて見えなくなった月の在り処を探していた。
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