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新しい日常

 翌日、新たに幸月の担当となった花見さんと共に105号室へ向かった。花見さんは終始気まずそうな雰囲気で、俺も話しかけることが憚られた。  部屋に入ると、幸月はいつも通り起きていて、部屋の真ん中にぼんやり座っていた。膝にタオルケットをかけ、そこからひょっこり見えるテディベアの手をきゅっと掴んでいる。  幸月ははじめマットレスの一点を見つめていたが、部屋に入ってきたのがどうやらいつもの男一人ではないらしいと気が付くと、緩慢な動作で顔をあげた。 「おはよう、幸月君。よく眠れたかな?」  先ほどまでの固い雰囲気をふっと消し去って、花見さんは高すぎず低すぎない柔らかな声音で幸月に話しかけた。彼女は幸月と距離を取り、しゃがみこんで同じ目線になると、首を傾げてにこっと微笑んだ。  幸月は本当に微かに、少しだけ瞼を持ち上げた。  常日頃見ていない人間からは違いなどわからないだろう、そのくらいの変化だ。そして、花見さんの後ろに立つ俺を目だけで見た。上目遣いになった幸月の目に、黒い前髪がかかる。そろそろ切ってやらないと、なんて、ここでは関係の無いことを思った。 「幸月、今日から花見先生がお前の担当の先生になったんだよ。これから、俺はここには来ない」 「……」 「初めまして、幸月君。花見です。冴島先生に代わって、私が今日から幸月君の先生になるからね。ちょっと緊張すると思うけど、大丈夫だからね」 「……ふ、ぅ」  花見さんが話すと、幸月が微かに呼吸を乱した。この特徴を事前に知っていた花見さんは特に取り乱すこともなく、ひたすら幸月を安心させるように微笑んでいた。 「それじゃあ、幸月。花見先生と仲良くしろよ。また、遊ぼうな」 「……」  俺は花見さんに目配せをして、頷いた。彼女はこちらを振り向いた時にまた眉をやや八の字に下げたが、何も言わなかった。  部屋を出て、深呼吸する。ひとまずこれで俺と幸月の関係は解消だ。これからのことは、花見さんと幸月の関係がどんなふうに展開するかで決まる。上手くいけば幸月の担当はこのまま花見さんで、上手くいかなければまた考える。それだけのことだ。  くるりと踵を返し、ひなどり棟の出口へ向かう。本館を通って、向かうはつばめ棟。今度からの新しい持ち場はそこだ。  ひなどり棟とは全く違うつばめ棟へ、気持ちを入れ替えて仕事をしなければならない。それなのに。足を一歩進めるごとに、離れていく幸月の表情を思い出す。 どうしてあいつは、目を逸らさなかったんだ。

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