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新しい日常 2

 本館を抜けつばめ棟の扉をくぐると、途端にきゃあきゃあという賑やかな話し声が聞こえてきた。懐かしい騒がしさに思わず口元が緩む。入口側にある事務室の窓口から中にいる事務員に会釈をして、俺はそのまま子供たちが朝ごはんを食べているだろう食堂のほうへ向かった。  事務室を左手に曲がりまっすぐ進んだ場所に食堂はある。そこに足を進めるにつれて聞こえる声は大きくなってきた。  両開きの扉を開けると、そこでは30人ほどの年齢様々な子供達が談笑しながら食事をしていた。長テーブルが二つ、長椅子が四つで、彼らはそれぞれ向かい合うようにして食事を取っている。職員も子供達と並んで座り、一緒にご飯を食べていた。 「あっ、冴島先生だー!」  一人の女の子が、入ってきた俺に気が付いて声をあげた。その声を聞いた子供達がばっと一斉にこちらを向く。突然注目を浴びたことに面食らったが、俺は笑って手を振った。 「先生だ! 冴島先生だ!」  俺のことを覚えている子供が数人、食事そっちのけでこちらに走り寄ってきた。それを見た職員の一人が「こらっ」と声をあげる。しかし、俺に元にやってきてすでに腹や腰に抱きついている子供は一切耳を傾けていない。すりすりと顔を寄せて、すでにそこで落ち着いている。 「直、咲ちゃん、奏斗。食事をしてるときは突然席を立っちゃだめだろ?」  そう諭すと、3人はようやく顔を離した。しかし、体に巻き付いた手は解かない。その顔はひどく不満気だった。 「だって、先生とずっと会いたかったんだもん」 「俺も!」 「俺だって! 先生、勇気がいなくなってすぐにひなどりさんに行っちゃうんだもん。酷い!」 「酷い!」  3人は俺の腹のあたりでわぁわぁと騒いだ。1人だったらまだ対処のしようもあっただろうが、3人となるとその場の雰囲気で結託して離れそうにない。  どうしたものかと考えていると、3人の背後にメラリと燃える炎をまとった職員が、腕を組んでやってきた。3人は目の前のことをに必死で、職員には気が付かない。 「こらっ!!!」  その職員、鈴木美香は普段は可愛らしい声を目一杯低くして声を張り上げた。3人はびっくーっという両肩を持ち上げると、おそるおそる振り向いた。鈴木さんは怒ったような怖い顔で、3人を見ている。 「ご飯を食べる時の決まりは?」 「……」 「決まりは? 覚えてるでしょう?」  3人はようやく俺から離れるとバツが悪そうに俯いて、お互いをちらちらと見合った。先ほどまでの威勢はどこへやら、もじもじと手や足を絡ませて遊んでいる。 「咲ちゃん、決まりを教えて?」  鈴木さんは名指しでそう聞いた。咲ちゃんは、今にも泣き出しそうなほど目を赤くしながら「ご飯を食べてるときは、立って歩いちゃだめ」と小さな声で口にした。それを聞いた鈴木さんは、ようやく組んでいた腕を解くと、ふぅと一つため息をついた。先ほどまであった怒気が消えると、3人は敏感にそれを察知して顔を上げた。 「そう、立って歩いちゃだめだよね。冴島先生も、さっきそう言ってたよね」 3人は同時に頷く。 「あっちでおしゃべりしたい、大好きな先生と話したいって思っても、食べてるときはだめだよ。食べ終わったらたくさんお話できるでしょ?」 3人はまた頷いた。鈴木さんはふっと表情を柔らかくすると、3人の頭を優しく撫でた。 「よし、じゃあご飯食べようか」  鈴木さんは俺に視線をやると、会釈をしてテーブルのほうに戻っていった。3人は名残惜しそうに俺を見つめた後、控えめにこちらに手を振ってから鈴木さんの後を追いかけた。

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