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新しい日常 5

 17時のチャイムが退勤時刻を告げる。多くのつばめ棟職員は職員室へ戻り、荷物をまとめて帰り支度をしていた。  俺もいつものように帰り支度をして、職員室を出る。足を進めていると、後ろから「あれ」と声が聞こえた。振り返り、そこに立っていたのは悠生だった。 「冴島さん、玄関あっちですよ?」  悠生が不思議そうな顔で指を指すのは、向かっていた方向とは正反対の方向だ。俺はそちらに視線を向けてから、今しがた進んでいた方向を見た。そこではっとする。こっちはひなどり棟職員用の宿直室の方向だ。俺は慌てて体を反転させた。 「ごめん、ありがとう」  悠生とすれ違う瞬間に礼を言い、恥ずかしさを隠すように足早に玄関まで向かった。  外に出ると、冷房の効いた施設内から一転、昼間の熱気を残した空気に肌を包まれた。むわりと重たいそれに刺激され、毛穴からは一気に汗が噴き出てくる。肌にシャツがまとわりつく感覚が気持ち悪い。さっさと帰ろうと、俺は駐車場へ足を向けた。  車に乗り込みエンジンをかけ、すぐさま冷房をつける。最初は生暖かかった風邪が次第に冷涼なものとなり、汗を冷やしていった。  背もたれに体重をかけると、エンジンの振動に体が揺れる。その中で、先ほどの自分の行動を思い返した。  無意識に足が宿直室のほうへ向かった。あれが自分にとって一番の自然だった。誰にも声をかけられなければ、俺はあのまま宿直室に入り、いつもの部屋で生活し眠ったことだろう。  たった二週間担当をしただけの幸月に、なぜここまで心を惹かれるのかわからなかった。こんなことは、ここで働き始めて初めてだ。勇気君の時だって、ここまでではない。どうしてか、どうしてか幸月の顔が脳裏にちらつく。  静かに、ただじっとしているだけの幸月なのに、どこまでもその存在を主張してくる。  このままではいけない。

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