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新しい日常 6

 それから一週間、何事も無く日々は過ぎた。出勤し、朝礼を行ってから業務に入り、つばめ棟で子供達と接する。午前は遊び、午後は桜たち勉強組に勉強を教え、17時になったら退勤した。その間、花見さんから特別何か報告がくることもなく、穏やかに、時間は過ぎていった。  その日は、つばめ棟の宿直当番の日だった。ひなどり棟担当になるとほぼ毎日ここに寝泊まりにすることになるが、つばめ棟はそうではない、そうではないが、たまに宿直当番が回ってくることもある。夜勤の事務員と、施設職員二人がつばめ棟に残るのだ。  荷物を持ってつばめ棟に入り、宿直室にそれらを置いて食堂へ向かう。既に集まっている子供達の様子を見ながら、子供達に混ざって食事を取った。 「今日は冴島先生なんだ。嬉しい」 隣に座った男の子に笑顔で言われると、こちらも嬉しくなってきた。  夕食を終えると、各々部屋に戻っていく。消灯は21時。それまでは自由時間だ。複数の子に部屋に遊びに来て欲しいとせがまれたが、同時に二つの部屋に行くことは出来ない。喧嘩が起こりそうだったので結局どちらに行くのもやめて、消灯の時間まで宿直室で待機することにした。  部屋で本を読んでいると、コンコンと扉をノックされた。時間を確認すれば、そろそろ21時という時間帯である。消灯と見回りの話だろうかと予想して扉を開けると、立っていたのは困り顔の事務員さんだった。 「冴島先生、今、のばらさんの男の子が来ていて、お部屋の子がちょっと大変みたいなんです。もう一人の職員さんはもう行っていますので……」 「わかりました。すぐ行きます」  そのまま宿直室を出て右に曲がり、「のばら」を目指す。のばらとは部屋の名前のことだ。  のばらの前には、パジャマを着た男の子が立っていた。男の子は目が合うと、びっと部屋を指さした。うんと頷いて、すぐに部屋に入る。 「あぁー、あぁー、せんせぇ! こわい、こわいい……。うあぁああ!」 「大丈夫、大丈夫よ。怖くないよ」 「いた、いたい、いたいよう」  入った瞬間に聞こえてきたのは、男の子の悲痛な鳴き声と女性職員のなだめる声だった。二段ベッドの上段にいるらしいその子を落ち着かせようと、はしごの中ほどに立った女性職員が必死に対応している。  同室の子供達は、その様子を不安げに見ていた。すぐに収まらないようなら、この場で対応し続けるのはまずい。他の子にもパニックが伝染してしまうかもしれない。 「先生、僕が対応しますので」 「冴島先生っ、すみません、お願いします」  入れ替わりではしご段を上ると、そこで泣いていたのは陽だった。ひきつけを起こしたように何度も肩を上下させる陽の脇に手を入れて、抱き上げたままはしごを降りた。 「せんせぇ、陽のやつ突然泣き出したの。俺達何にもしてないよ」  同室の子が、女性職員に説明している。特に理由も無くパニックに陥ることは珍しくないので、誰もこの子達を疑っていないのだが、子供達は怒られないようにと必死だった。この場は女性職員に任せて、俺は陽を抱いたまま静かに部屋を出た。

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