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新しい日常 10
すっきりとした頭で出勤した翌日、朝礼の前に花見さんに話しかけられた。
「幸月君のことでご相談が」
「何かありましたか?」
「いえ、問題行動があるわけではないんです。でも、担当を変更してから反応が薄くなっているように感じて」
「そうなんですか……」
ただでさえ上手く反応できない幸月が、さらに内に籠っていると聞くと心配になる。具体的にどういうことかを聞くと、どうやら目を合わせることや、食事の時に食べ物を口に運んでも口を開くまでにかなりの時間がかかるということらしい。
「それに、なんだかずっと扉を見つめていて」
「扉ですか?」
「はい。以前の報告書には、俯いているとありましたよね。そうじゃなくて、いつ行っても扉を見つめていて、視線を外そうとしないんです。夜も、気絶するみたいに眠るようになっちゃって、その直前までずっと、扉を見てるんです。……何か、待ってるみたいな感じで」
花見さんの言葉にドキリとする。待っている。幸月が待っているなんて、それはもしかして、俺なのではないか、なんて、頭の中に浮かんだのは都合のいい妄想だった。首を振って、すぐに妄想を消し去る。違う、俺があまりにも幸月のことを引きずっているからそんなことを考えるんだ。絶対に、違う。
「そうですか。それは、施設長に相談したほうが良いかもしれませんね」
無難な返答を、と出した声は存外冷たいものになった。しまった、と思った時にはもう遅く、花見さんの表情はぴしりと固まっていた。こちらが声をかける前に、彼女はぎこちない笑みを浮かべて言葉を並べた。
「そ、そうですよね。まずは施設長に相談しないと、ですよね」
自分を納得させるように何度も頷いた彼女は、ぺこりとお辞儀をして去っていった。
「……失望させたな、これは」
自分で処理できない感情を他人に吐き出してどうするのだろう。コントロール出来ない自分に腹が立ち、ぐしゃぐしゃと頭を掻いた。
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