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新しい日常 12

 入った瞬間、かたん、ことんと木の触れ合う音がした。目線を下に下げると、部屋の真ん中にいた雪君が積み木で一人遊びをしているところだった。雪君は入ってきた大人がいつもの先生ではないことに気が付くと、咄嗟に近くにあった大きな犬のぬいぐるみを抱えて、そのまま後ずさった。背中が壁にぺたりとつくと、小さく体育座りをして目だけこちらを見つめて動きを止めた。  こういう反応も、今では懐かしい。つばめ棟の子供達とは全く違う、まだまだ大きな傷の癒えていない子供の姿。大人に怯える、小さな体。 「だ、れ」 か細く今にも消えてしまいそうな声が聞こえる。俺は扉の前に座り、微笑んでみせた。 「悠生先生のお友達だよ」 「……せんせいの?」 「そう、先生のお友達」 「……」  雪君はじっと黙って俺を見つめた。あまり目線を合わせすぎるのも怖いかと思い、俺は先ほどまで雪君が遊んでいた積み木を手に取った。この部屋には、積み木以外にもブロックやパズルなど様々なおもちゃが散らばっていた。悠生と雪君がここで楽しく遊んでいる姿が目に浮かぶ。知らない人に自分から話しかけ、このくらい声を出せる雪君だから、経過も良いのだろう。だから悠生は俺に彼を頼むことが出来たのかもしれない。 「積み木やってたんだな。良いな。楽しいよな」  茶色い角柱状の積み木を二つ立、その上に平べったい積み木を置く。そのまた上に緑色の三角の積み木を置いた。 「これなんてどうだ? 上手かな。何に見える?」 「……おうち」 「お家に見える? ありがとう、先生もお家を作ろうって思って作ったんだ。雪君は、さっき何を作ってたの?」  雪君が先ほどまで触っていた積み木に統一性はなく、いろいろな形のものが様々に高く積み上げられていた。雪君は「んー、んー」と唸りながら、ぬいぐるみに顔を隠した。言おうかどうか、迷っているみたいだ。 「んー……とう」 「とう?」  ぽつりと呟かれた言葉をどうにか拾ったものの、とう、とは何かを図りかねる。雪君の積み木を見ると、大小様々、形も様々な積み木がとにかく積み上げられているだけだ。これはもしかして、「塔」のことだろうか。 「そうか、雪君は塔を作っていたんだな。上手だなー、すごいなぁ」  俺は雪君が作っていた塔に近づいた。絶妙なバランスでそびえる塔は、少し手が触れただけで崩れてしまいそうだ。俺は壊さないように、いろいろな角度から眺めた。 「綺麗な色。雪君は色の使い方もとても素敵だね」  そう話しかけていると、雪君は背中を壁にくっつけたまま静かに右側にスライドしていった。何をするのだろうか、と注視していると、どうやら絵本を取りたかったらしい。それを手に掴むと、雪君は犬のぬいぐるみと絵本を持って俺の近くに寄ってきた。そして、俺に絵本が見えるくらいの位置まで近づくと、ゆっくりと本を開いていった。

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