36 / 94

新しい日常 13

「こ、れ。塔」  雪君が、塔の絵を指し示す。塔の上にはお姫様がいて、その下には王子様がいた。 「僕作ってた塔、これ。中に、お姫様いるの」 「うんうん、よくわかる」 「お姫様、王子様が助けに来るの。めでたし、めでたし?」  雪君は両の手のひらを合わせて、こてんと首を傾げた。しっかりと俺を捉えるその瞳に、恐怖はもうない。雪君の成長は著しいようだ。 「そう、めでたしめでたし。お姫様と王子様は幸せに暮らすんだよ」 「うー……」  雪君は絵本に視線を戻すと、塔の絵をさわさわと撫でた。そうしてから、王子様をペタペタと触る。また俺を見上げた。 「僕、王子様……」 「雪君は王子様になりたい? かっこいいよな」 雪君はこくんと頷く。 「王子様、かっこいい。お姫様、は、可愛い。僕、どっちも好き」 「うん、どっちも素敵だね」  雪君は唐突に立ち上がると、また部屋の右側へ走っていった。そして戻ってきたときには、その手にたくさんの絵本を抱えていた。ドスンっとそれらの絵本を俺の前に置くと、雪君は俺の腕に体重をかけて、こう言った。 「絵本、読んで、くだ、さい」  驚いた。雪君が、短期間でここまで人に慣れていることに。誰かに自分の気持ちを伝えたり、お願いしたりすることがもう出来ている。きっとこの子の本質は、こうして人懐っこく甘える純真さなのだろう。そしてこれが、悠生との関わりによって表に出てきているのかもしれない。 「うんっ、わかった。たくさん読もう」  俺は、絵本の一ページ目を開いた。

ともだちにシェアしよう!