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新しい日常 15
それから雪くんは、悠生に教えてもらったであろう様々なことを俺にも教えてくれた。
例えば、お風呂場の床はツルツル滑ること、青い蛇口を捻ると水が出て、赤い蛇口を捻るとお湯が出ること、湯気でいっぱいになったお風呂場で大きく息を吸うと咳が出てしまうこと。
一つ紹介するたびに「すごいでしょう?」と目を輝かせる雪くんの頭を、俺は何度も撫でてやった。そのうちに、彼は俺の手に頭を押し付けるようにして、もっと撫でてというようにせがむのだった。
さっぱりしたところで脱衣所に上がる。そこには悠生がいた。
「せんせい!」
悠生を見て、雪くんは肩にかけたバスタオルも投げ出す勢いで彼に飛びついた。悠生のお腹にぐりぐりと顔を押しつけてしっかり抱き込む雪くんは幸せそうだ。
「はいはい、一緒にいられなくてごめんなー」
悠生はまんざらでも無さそうに、腹の子供の頭を撫でる。そうしてから俺に向き直った。
「冴島先生見てくれてありがとうございます。相談のほう長引いちゃったのに」
「全然いいよ。雪くん良い子だったしな。お前によく懐いてるみたいで安心した」
そう告げると、悠生は嬉しそうに笑った。
「ここに来た最初は泣いてばっかだったけど、慣れたらケロッとしやがって……。可愛い奴ですよ」
「せんせ、お部屋いこお」
雪くんは悠生の腹に顔を押し付けたまま、脱衣所から出ようと彼を押した。強引なやり方だが、可愛らしい。
「わかったわかった、部屋で遊ぼうな。でもその前に着替えと、冴島先生にありがとうって言えよー?」
しかし雪くんには聞こえていない。悠生は雪くんの顔を上げさせて、くるりと方向転換させた。何が起きたのかわからなかったらしい雪くんは、目の前に俺を認めてキョトンとした。彼の頭にはもう悠生しかなかったのだとわかり、苦笑する。
「はい、ありがとうって」
「あり、がとう?」
「なんで疑問形なんだ。すみません、じゃあ、後はやりますので」
「あぁ」
悠生は早速雪くんに服を着せようと奮闘し始め、雪くんは悠生から離されまいとさらにぎゅっとくっつき始めた。その光景が微笑ましくて、思わず口角が緩む。
名残惜しいなと思いつつ、俺はその場を後にした。
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