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再会

 廊下に出て、次の仕事は何だったかと思い出す。そうだ、つばめ棟の子達に勉強を教えている途中だった。俺は踵を返し、つばめ棟へ向かおうとした、その時だった。  進行方向左側にあるトイレから出てきた子供に、見知った、懐かしい顔を見とめた。 「あっ、冴島さん」  声をかけてきたのは花見さんだった。  俺はその時やっと、子供の後ろに付き添うようにして立っている花見さんに気がついた。そうだ、花見さんは幸月の担当になったのだ。 「お疲れ様です、花見さん」  慌てて挨拶をすると、花見さんもにっこり笑って返してくれた。幸月の背中に手を添えていた花見さんは、幸月の目線に合わせようと中腰になった。 「幸月くん、覚えてる? この間まで一緒にいた冴島先生だよ。久しぶりだね」 「……」  幸月は目をまんまるく見開いたまま俺をじっと見つめていた。  ビー玉みたいな透き通った目だな、なんてそれを見て思う。すぐに幸月に声をかけてやらなきゃいけないのに、なんと言えば良いのかわからなかった。  ずっと、会いたいと思っていたはず、なのに。 「……よお、幸月。元気にしてたか? ちゃんとご飯食べてるか?」 「……」  幸月は喋らない。   以前一緒にいた時も喋らなかった。そのために、俺は幸月への対応に問題有りとされて彼の担当を外されたのだ。しかし、今の様子を見るに、花見さんが担当しても幸月はまだ喋っていないのだろう。 「幸月くん、量は少ないですけどちゃんとご飯食べれてますよ。冴島さんがくれたテディベアも良く抱きしめてますし……」  幸月の代わりに答えたのは花見さんだった。 「そうですか。ぬいぐるみを抱っこできるようになったんですね。よかった」  前はまだお腹を撫でるくらいしか出来ていなかったはず。抱きしめることができたのは大きな成長だ。  目の前にいる可愛らしい子供を見つめる。  この子が、あのテディベアを抱きしめる姿が見たい。きっと優しく、壊れものを扱うようにそっと抱きしめるのだろう。  それからこの子の声も聞きたい。痛いとか、嫌とか、そんな悲しい言葉ではなく。  この子自身の喜びが思わず口から溢れてしまったというような、そんな声が近くで聞けたなら……。    幸月を見ていると、叶うはずもない欲がどうしようもなく胸の内から湧いてきた。  俺はどうしてこの子にこんなに執着しているのだろう。他の子供と何が違うのだろう。  あぁ、嫌だ。だめだ。このままだと、ここで働くのが苦しくなる。    さっさとこの場から立ち去ってしまおうと、俺は花見さんに軽く頭を下げた。 「では、今後も幸月のことよろしくお願いします。じゃ、またね、幸月」  また、なんて無ければいいと思いながら。  二人の横を通り抜けようとした。その時だった。 「えっ」  クイっと、軽い抵抗を体に感じる。ワイシャツの裾が引っ張られているらしいと気がつき後ろを振り向くと、そこには俺の目をしっかと見つめて無表情で手を伸ばす幸月の姿があった。

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