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再会 2

「さ、つき……?」 「幸月くん? どうしたの?」  予想外の出来事にうまく反応できない。  なんとも言えないまま見つめ返していると、その顔に、今まで見たことのない歪みが少しずつ作られていった。眉を顰め目尻を下げた幸月は、裾を掴む手を震わせた。 「せん、せ」  鈴の鳴るような声がした。はっとした時には、幸月の目から大粒の涙が流れていた。 「や、だ……ぁ」  涙が頬を伝い、顎にさしかかって滴となって落ちそうになる。  そのささやかな抵抗を、幸月の小さな「わがまま」を見ないふりなんて、誰が出来るだろう。  幸月の手がシャツから離れそうになった瞬間、彼の細い手首を優しく掬い上げてそのまこちら側に引っ張った。胸に幸月が抱き込まれる形になる。しかし、彼は怯えなかった。それどころか、ぎゅっと体をこちらに押し付けてくる。 「う、うぅ……」  胸で呻く幸月を片手で抱きしめ、空いた片手で頭を撫でてやるとそれにもまた擦りつくようにしてみせた。  やっぱりだめだ。この子は、幸月は、俺が守ってやりたい。 「お前、ちゃんとわがまま言えるじゃん……」  この子のわがままなら、なんだって叶えてやる。  なぜ自分がここまでこの少年に心惹かれるのか。その理由はまだわからない。 けれど、それでも、腕の中の小さなこの子がここを飛び立つその日まで、見守るくらい許されるだろう。 「……施設長のところに、行ってきますね」  花見さんの一言で現実に引き戻された。  幸月から体を離し花見さんを見ると、彼女は柔らかく微笑んで俺たちを見つめていた。その表情は全てを理解しているようで、少し照れくさい。 「幸月くんと部屋に行っていてください。きっと、離れたくないでしょうから」 「ええ、ありがとうございます」  花見さんは言葉少なに立ち去った。おそらく施設長に説明し、この後のことも提言してくれるのだろう。    俺はまだ胸にくっついている幸月の肩を掴んで引き離そうとした。しかし、それがまた別れに繋がるとでも思っているのか、渾身の力でくっついてこようとする。それを見て、「可愛いな」なんて思ってしまった。 「幸月、一緒に部屋に戻るだけだぞ。離れないよ」  しかし幸月は動こうとしない。  仕方ない。  俺は幸月を持ち上げた。足が浮いたことに驚いたのか幸月は「ひゃっ」と控えめな声を上げたが、怖がってはいないようだった。  幸月の部屋に入ると、俺がいた時よりも物が増えていた。花見さんが幸月に良くしていてくれたのがよくわかる。心の中で感謝した。  幸月を下ろすが、彼の腕はやはり俺を離そうとしないし、ビー玉のようなその目もじっとこちらを見つめている。目を見開いたままの様子からは、瞬きする一瞬にでも俺が消えてしまうのではないか、そんな不安が見てとれた。 「大丈夫、もうどこにも行かないよ。全く、突然頑固になりやがって……」  俺はその場に腰を下ろした。幸月は俺の胸にぎゅっとくっついている。その姿はまるでコアラのようだ。俺は胸の中の幸月をそのままに、窓の外に見えるオレンジ色の空を見上げた。

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