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食事

 幸月があまりにも離れず、離れようとすると大声を上げて泣くので、夕食は幸月の部屋で食べることになった。食事を持ってきてくれた花見さんは、そんな幸月の様子を見て嬉しそうに笑った。 「良かった、幸月くんすっごく幸せそう。扉の前に座って待っていた人は、やっぱり冴島さんだったんですね」 そうハッキリ言われると、嬉しいような恥ずかしいような変な気持ちになった。 「幸月、ご飯の時くらい降りないか?」  胸に抱きついたままの幸月にそう言うが、ぷいっと顔を背けた。言われている意味はわかっている。わかっていて無視しているようだ。 「じゃあこうしましょう。幸月くんは、冴島先生のお膝の上にいてもいいけど、しっかりご飯を食べること。できる?」 幸月は花見さんをじっと見つめたまま、うんともすんとも言わない。 「できるか? ちゃんと食べるんだぞ?」 しびれを切らして俺からも告げると、それにはこくりと頷いた。これは……。 「ふふ、まだ冴島先生以外とお話するのは嫌みたいですね。冴島先生は凄いなぁ。どうやって幸月くんとそんなに仲良くなったんですか?」 どうやって、と言われても、これまでに接した子供と同じように、としか言えない。幸月だけに特別にしたことなんて無いはずだ。 「特に何もしてないよ」 「えぇーそうなんですか? じゃあ、ただ冴島さんのことが好きだから、かもしれないですね。好きな人が出来てよかったねー幸月くん」 幸月が自分から選んだことがあまりにも嬉しいのか、今日の花見さんはなんだか饒舌だ。    幸月に視線を移すと、彼は目の前に置かれた料理をじっと見つめていた。先程約束した「ちゃんと食べること」を守れるか心配なのかもしれない。  食事をする前に、花見さんには部屋から出てもらうようお願いした。複数人の大人に見守られて食べるのはプレッシャーだろう。 「よし、じゃあまずは……野菜から食べようか」  野菜は夏らしくナスの炒め物とプチトマトだった。幸月の分は少なめ、俺の分は普通量だ。  俺は幸月にスプーンを持たせた。しかし幸月は動かない。持たせられたスプーンと俺を見比べるその様子から、そもそもスプーンが何なのか、よくわかっていないようだ。 「それで掬って食べるんだよ。こう、な」  掬う動作を見せてやると、幸月は自分のお皿をもう一度じっと見つめてからおそるおそるというふうにスプーンを沈めていった。そして、どの野菜を掬ったら良いかわからないように、色々の野菜をつんつんとつついた。 「じゃあ、まずはナスにしよう」  掬ったナスを幸月に見せてやると、彼は同じ野菜を探し当ててスプーンにのせた。 「そして、食べる」  スプーンを口に入れておおげさに咀嚼する。うん、美味い。  幸月は、俺が飲み込んだのを見届けた後にナスを口に含んだ。そしてゆっくり噛む。くちゃくちゃと音が鳴った。まだ口を閉じたまま噛むことはできないらしい。  いずれ直さねばならない癖だが、今は1人で食べられるようになることが優先だろう。 「よし、食べられたな。偉いぞ」  そう褒めて頭を撫でようとすると、幸月は少し肩を縮こめて怯えた。しかしそこから抵抗することはなく、黙って撫でられている。まだ頭の上に手がくるのは怖いらしい。  手をどかすと、幸月は次の一口を自ら食べた。美味しかったのか、これが正解だとわかったからか。表情の変化が乏しい今の幸月からはどちらなのか読み取れなかったが、それでも、幸月の成長の一端が垣間見れた。

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