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介と夜 3
「それでさ、その時桐也が上手く対応したから大丈夫だったけど、大学に戻ってからのフィードバックで、その子が批判されたじゃない。発案者だったし、結構強引に企画を進めたこともあって。その時、ヒートアップしそうになった言い合いを桐也は止めてくれた」
その子は泣いていた。
フィードバックの焦点はもっぱらそれで、他にもいろいろ反省点はあっただろうに、みんな自分のことは棚上げして、批判ばかりしていた。その子は「ごめんなさい」と何度も謝ったが、謝れば謝るだけ批判は集中したように思う。それが快感だとでも言うように。
そんな空気に嫌気がさしたから言ったのだ。
「どうすれば問題が無かったかを考えることも大切だ。でもメルヘンの子供と接するのは普通の子供に接するより難しい。だから判断を誤ることもある。その可能性を念頭に置いて、ある問題が起きた時、次にどう行動するかを考えて共有しておくほうが大切だ。判断を誤っても、その後ちゃんと対処できれば大丈夫なんだから」
介は当時を懐かしむように微笑んだ。
「そういう、桐也の何が起きてもピリピリしないところっていうかさ、じゃあどうしようって前向きに考えられるところ、すごくいいと思うんだよね。だから子供達も……幸月くんも、一緒にいて安心すると思うんだよ。この人と一緒にいれば大丈夫なんだ、って」
しっかりとこちらを見て言い切った彼の目から逃れたくて、一口麦茶を飲んだ。
そこまで意識してやっていたことでもないだけ、改めて言われると恥ずかしい。しかし、彼のようにまっすぐ言葉にしてくれる人間がそばにいるというのは、心強いものだと思う。
「桐也はほんと、この仕事天職だよねー。絶対辞めなそう」
「今のところ、辞める予定は無いな」
「うんうん、すごく向いてる。ちょっと考えすぎ、気にしすぎなところはあるけどね」
「……今回の件で自覚した」
「はは」
介は立ち上がると、窓の外を眺めた。今夜は晴れだ。星がよく見える。
「良い方向に進むと良いね、幸月君」
「あぁ」
今日はまだ復帰1日目。幸月の成長はまだまだこれから、何もかも始まったばかりだ。
飲み終おえたグラスをテーブルに置き、介の隣に立つ。その時ちらりと、デスク上に写真が見えた。なぜだか気になって目で追うと、それは新たな入所者の資料のようだった。
まだ報告されていないものだ。
「これ……」
「ん?」
介は俺の視線の先を追い、「あぁ」と得心したように声をあげた。
「それ、今度入ってくる子の資料なんだけどね、ちょっと体が弱いみたいで、医療部で直接見ることになるかもしれないんだ」
「医療部で? 大変だな」
「うん、だから最初は断ったらしいんだけど、普通の医療機関もメルヘンの面倒まで見れないってねー。親もいないし、どこもダメで、やっぱりうちしかないって。こっちも人員不足だから、医療部全員で交代で見る感じになるかな」
社会がメルヘンの保護を嫌がるのは今に始まったことじゃないが、聞いていて良い気はしない。メルヘンじゃなければ手厚く保護し、メルヘンならば厄介払い。子供であることに変わりはないのに。
「直接の担当者はできないのか? 入れ替わりが激しいと、この子が……」
介はわかっている、と言うように深く頷く。
「そう。だから、多分俺が担当者みたいになるのかな。直接検診するのは俺になるしね」
本来医療部の人間は児童の生活指導に直接関わらないが、そうとも言っていられないらしい。
俺はもう一度写真の少年を見つめた。
こちらを睨みつけるその暗い瞳には、大人への憎しみが強く宿っているように思えた。
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