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復帰
翌日は、規定の時間よりもだいぶ早くひなどり棟に向かった。幸月が目覚めるより前に部屋にたどり着かなければならないからだ。そして目覚めたところで入室すれば、ちゃんと約束は守られるということをわかってくれるはず。
朝の静けさに満ちた廊下を一人歩き、ひなどり棟奥の幸月の部屋の前まで来る。ドア上部にある小窓から中を覗くが、幸月はまだ寝ていた。その穏やかな姿にホッとする。
それから5分ほど、廊下で待機しただろうか。
中から物音が聞こえたため部屋に入った。予想通り幸月は起床したところで、体を起こして目を擦っている。
「おはよう幸月」
ぼんやりした眼が俺を捉える。幸月は立ち上がると、ゆっくり俺に近づいて、そのまま抱きついてきた。同じ目線になるようにしゃがみ、頭を撫でる。
「嘘じゃなかったろ? ちゃんと会いに来たよ」
朝食を部屋に運び、幸月と共に食べる。幸月は昨日教えたことをしっかり覚えていて、今日は自らスプーンを握った。
しかし、その前に少しやることがある。
「いただきます。食べる前に挨拶をするんだぞ」
幸月の手からスプーンを抜き取り、両手を合わせるようにさせる。幸月は合わさった手を不思議そうに眺めた。もう一度「いただきます」と言ってみせると、幸月は首をかしげた後。
「い……」
と、小さく呟いた。
それはあまりに突然で、俺は一瞬固まってしまった。
彼が極限の状況以外で声を発するようになるのはもっと先のことになると思っていたからだ。幸月は今、おそらく「いただきます」を真似しようとしたのだ。
抱きしめておおげさに褒めてやりたい衝動を抑えて、俺はもう一度スプーンを渡した。幸月は俺が食べるのを待ってからゆっくり食べ始めた。
今日の朝ごはんはお茶漬けだった。デザートには小さなヨーグルトがついている。
「幸月、美味しいか?」
問いかけると、幸月はこちらを見た。ちゃんと反応することに安心する。しかし、まだ美味しいの意味をよくわかっていないようだった。
「口が嬉しいか? 楽しい? 幸せ?」
そう聞くが、彼はきょとんとしている。まだ難しいのかもしれない。
「先生はこれ好きだな。とっても美味しい!」
そう言って自分の頬を触ると、幸月も頬を触った。
「お、い、いい」
そして、そう口にする。
それもまた予想外で、俺は嬉しさに飛び上がりそうになった。今日の幸月はよく真似っこをする。
これはいい傾向かもしれない。
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