46 / 94
復帰 2
午前のひなどり棟での仕事を終え、9時過ぎ。
事務作業のため職員室に戻ろうとしたところで、幸月は予想通り大泣きした。そのことに関して事前に事務員の人に知らせていたため、俺は待機していた彼女に幸月を任せてすぐに部屋を後にした。
これから朝、昼、夜と離れる時間は必ず訪れる。甘えさせても良い結果は生まないと考えたための行動だった。
しかし、やはり胸は痛い。
「ちゃんと会いにくる」と理解することと、「離れることを悲しく思う」ことは別物だ。理解できても、幸月の悲しい、辛い、嫌だという気持ちは無くならない。それを少しでも軽減するにはどうすれば良いだろう。
そんなことを考えながら職員室に戻ると、先に戻っていた一班の面々に声をかけられた。
「冴島先生! 戻って来てくれて本当に良かったです!」
まず一番にそう言ってくれたのは悠生だった。彼は満面の笑みで歓迎してくれた。
「ありがとう」と答えながら自分の席に着く。その時向かいの席に座る春広とも目が合った。彼も優しく微笑み「良かったです」と声をかけてくれた。
それから、最近のひなどり棟の児童の様子を聞いた。
悠生が担当する雪君はご飯もしっかり食べるようになり、よく眠り、昼間は本を読んだり積み木をしたりして遊ぶらしい。
嬉々として話す悠生を見ながら、俺はこの間の雪君の姿を思い出していた。悠生が開いたのだろう彼の心は、初対面の俺にもしっかり向けられた。雪君がいわゆる普通の生活を送れる日はきっと近いだろう。
春広が担当する文ちゃんと若葉君の経過も良好なようだ。2人は双子だが性格は正反対で、文ちゃんは物静か、若葉君は、最初こそ怯えていたものの今では春広が部屋に入ると猪のように突進してくるという。
それから、お互いに外に出たいと口にするようになったらしい。
はじめ、安全のために部屋を分けようとした2人だったが、離れることを極端に嫌うために同じ部屋にした。最近の2人のブームは窓の外を眺めることのようで、積極的な姿勢が見えている。
花見さん担当のあゆみちゃんも、最近は話すことが増えたらしい。話すことは専ら絵本のことらしいが、それでもいい。
自分のことや周りのことに興味を持つようになるのはいつからでも遅くない。
「幸月君はどうですか? 私の前では一言も話さなかったですけど、冴島さんの前なら少しはお話出来ますか?」
花見さんにそう問われ、俺は今朝の幸月の拙くも愛らしい言葉や仕草を思い出しながら答えた。
「まだまだ他の子に比べれば大人しいですが、昨日や今日は少しだけ言葉を発してくれました。俺の言ったことを真似した感じで……」
「そうなんですか!? えぇ、すごい! 幸月君が真似っこなんて……きっととても可愛かったでしょうね」
花見さんは興奮したように声を高くした。短い期間ではあるが、花見さんは幸月を担当していた。だからこそ、思い入れも強いのかもしれない。
ともだちにシェアしよう!