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初めての交流 3
交流会当日、朝食を食べ終えた幸月はすぐにもドミノに飛びつき並べ始めた。あの日以来、彼のお気に入りは専らドミノで、最近はドミノをカーブさせることも覚えていた。
「幸月、今日はちょっといつもと違うぞ」
そう声をかけると動きを止め、俺の言葉に耳を傾けた。
「これから、この建物の他の子達に会いにいくんだ。怖いことは何もない。俺も一緒だからな」
幸月は何がなんだかわからないとでも言うようにこてんと首を傾げた。
「もう行くけど、大丈夫か? 何か安心できるもの持って行こうか」
幸月の周りに散らばるおもちゃを見る。絵本、テディベアのクマ五郎、ドミノ、ひらがなボード。持ち運びしやすいものがいいよなぁ、なんて思いながら考えていると、幸月自ら選び始めた。
彼が選んだのは、お気に入りのタオルケットとクマ五郎だった。持って行きやすいものを選んでくれたのか、無意識か。とにもかくにも、それらを持って俺たちは2階へ向かった。
花見さんの報告書によれば、幸月はまだ2階に上がったことはなかった。そのためか階段に怯えて動かなくなってしまい、抱っこして上がることになった。2階に着くと、ホールから声が聞こえてきた。早めに着いていた職員と子供の話し声だった。
幸月はここにきてからほとんど子供の声を聞いていないはず。そう思って様子を確認すると、やはり腕の中で目を丸くして声のする方を見つめていた。
「大丈夫、大丈夫」
ぽんぽんと背中を叩く。呼吸の速くなる幸月を抱え、俺は赤子をあやす時のように体を揺らした。
外の景色も見れば少しは落ち着くかと思い、部屋の窓の何倍も大きな窓からひなどり棟を囲むように植えられた木々と青空を見上げる。
もう一度幸月を確認すると、額に汗をかき前髪を湿らせながらも鼓動は落ち着けているようだった。
おそらく大丈夫だろうと判断し、ホールに入る。中には花見さんとあゆみちゃん、悠生と雪くんがいた。主に喋っていたのは雪くんのようだった。
「冴島先生、おはようございます」
「冴島さん、おはようございます」
「あ、さえじませんせぃ」
最後に気がついて名前を呼んでくれたのは雪くんだ。どうやら俺を覚えていてくれたらしい。俺も3人に挨拶した。
「おはよう。雪くんは朝から元気だな」
「これ……」
雪くんは俺の前にとてとてと走り寄り、四角に折った折り紙を渡してくれた。
「ありがとう。綺麗に折れてるね」
そう言うと、雪くんは満足気に悠生の元に駆け戻っていった。そしてまた何か話しながら、床に散らばった折り紙を四角く折り始める。雪くんは全く問題なさそうだ。
俺は彼らから離れた窓際の隅に座った。
幸月の呼吸がまた荒くなってきたからだ。
部屋に入ってから、幸月は一度も彼らがいる方を見ない。顔を背けるか、背けた先にも人がいたら俺の胸に顔を隠していた。
「幸月、ほら、クマ五郎抱っこしてな」
そう言って差し出すが、触れようともしない。仕方なく、幸月を膝の上に乗せて抱き込んだまま背にタオルケットをかけてやり、少しでも周りを見ずに済むようにしてやった。そして背中を優しく叩いていると、少しだけ呼吸が落ち着く。
「おはようございます」
「おはようございます」
部屋には続々とひなどり棟の子供達が集まってきた。春広他、一班以外でひなどり棟の児童を掛け持ちしている職員達も集まり、部屋には児童11人と職員9人の、総勢20人が集まった。
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