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発熱
その翌日、幸月はここに来て初めて熱を出した。
朝部屋に向かうと、幸月は先に起床して布団の上にぼんやり座っていた。俺が担当に戻ってから一週間経つものの、まだ離れているとぐずる幸月が、俺が来るより早く目覚めていたのにも関わらず静かだったのには違和感があった。
不審に思って抱き寄せると体が熱い。
すぐに体温計を持ってきて測ると、38℃を超えていた。
介に連絡を入れ、診察してもらったが、その間もされるがままになっていた。まるでここに来たばかりの幸月に戻ってしまったかのようで、それが熱のせいだとわかっていても、無を纏う幸月を見るのは心苦しかった。
「解熱剤は出しておくね。でも、話を聞く感じ風邪とかじゃなくストレスだと思うから、安静にしてるだけで大丈夫だよ」
「ありがとう」
介は荷物をまとめて部屋を出る直前、ちらりと横になる幸月を見て言った。
「他の子に話しかけられただけでこうなっちゃうなんて、これまでにどれだけ怖いことがあったんだろうね。そのつもりだと思うけど、今日は側にいてあげて」
「あぁ」
介が出ていき、布団に横になって眠る幸月と2人きりになる。俺は幸月の寝顔を見て、頭を撫でてから、部屋をぐるりと見渡した。
傍に片づけられた積み木や絵本、昨日眠る直前まで遊んでいたドミノ、枕元のクマ五郎。その時ふと、部屋の時間や空気の流れが全て停滞してしまったかのような錯覚を覚えた。ここはこんなにも静かだったか。
そして気がつく。
幸月は物静かで、表情をほとんど変えず、いつも俺の言葉に大人しく従っているだけのようでありながら、ちゃんとこの部屋を「自分の」部屋にしていたのだと。幸月が起きてこの部屋で遊んでいるとき、彼はしっかりこの部屋の時間を、空気を動かしていたのだ。
それは、ここに来たばかりの頃は考えられなかったことだ。
そう思うと愛しさが込み上げてきた。
きっと幸月は、俺がまだ気がついていないだけで既にたくさんの成長を成し遂げているのだろう。一つ一つ丁寧に、彼の繊細な手は新たな人生を切り開こうとしているのだろう。
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