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発熱 2

 お昼になっても幸月は目覚めなかった。水分をとって欲しいところではあったが、悪夢も見ず穏やかに眠る彼の邪魔はしたくなく、俺は届けてもらった昼食を一人で食べた。    その後本を読んだり、部屋でできる事務作業をこなしたりして時間を潰していると、幸月が布団の中でモゾモゾと動き出した。 仕事を中断して幸月に近寄り、声をかける。 「幸月、おはよう。よく寝てたなぁ」 「……」  いつものように受け答えは無い。幸月が体を起こし、表情が見えたとき。俺は何とも形容しがたい違和感を覚えた。  一見いつも通りだ。  しかし、何か違う。  同じ無表情でも違う。  目の焦点が合っていない……? 「幸月?」 「ぃや……っ」  喉を締め付けたようなキリキリとした声で、幸月は俺を拒絶した。  そして握った両手を頭の上に置き、そのままガンガンと叩き始めたのだった。  明らかな自傷行為だ。 「幸月!」 「あっ、あぁ!! あー!!!」 鈍い音が部屋に響く。  頭を叩かないように手首を握ると、それに抵抗するように力はさらに強まった。どこにこんな力があったのだろうというくらいだ。この勢いで叩くのは流石に危ない。 「うー! ううぅ!!! やーぁああ!!」 「幸月、だい……じょうぶ、大丈夫だから……」  俺の手から逃れようとする幸月をどうにか押さえ込み、両手を床につけさせる。それでもなお、幸月は肩で息をして時折呻いていた。  介を呼びたいが、両手を離せない。話した途端に頭を叩き始めるのは目に見えている。 「幸月、俺の声を聞いて。落ち着いて」 「うぅー……」 幸月は低く唸った。 「大丈夫。怖い夢でも見たかな。大丈夫だよ……」  俺は何度も声をかけた。「大丈夫」「もう怖くない」何度も何度もそう繰り返し、どれだけ時間が経っただろう。  徐々に幸月の体から力が抜けていき、触れている体がまたじわじわと熱くなってきた。 「疲れたな、怖かったな。介を呼ぶから、すぐに良くなるよ」  抑えていた手首を離すと、そこは俺の手形がくっきりとついて赤くなっていた。きっと痛かっただろうと思うと、胸が締め付けられるようだった。  幸月をもう一度布団に寝かせて、すぐにPHSで介を呼ぶ。幸月が錯乱することを予想していたらしい介は、慌てる素振りも無く素早く部屋に来てくれた。  解熱剤と弱い睡眠剤を入れるときも、幸月は怯えなかった。  処置を終え、眠りについた幸月を見て介は言った。 「交流会がトラウマを思い出させちゃったのかもね。幸月くんは、もう少し少人数から慣らしていくのがいいのかも」 「そうだな。でも、今すぐってわけにはいかない」 「うん。しばらくは桐也と2人でいるのが安心だろうね。調子が戻ってきたらまた考えよう。きっと大丈夫だよ」  介に肩をぽんと叩かれた瞬間、ふっと体が軽くなるような感じがした。そしてやっと、自分もまた緊張状態にあったことに気がついた。介はそれを察して、こうして「大丈夫」と言ってくれたのだろう。  こういう時、彼の方が大人だと感じる。 「ありがとう」 介は優しげに微笑んで、手を振って部屋を後にした。

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