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得意創作 2
午後、幸月に昼食を届けた後、俺は事務作業に戻る前にあることをしようとひなどり棟のプレイルーム横にある準備室を訪れていた。
狭い部屋には、あまり使われなくなったおもちゃの他、イベント事のための飾りなどが置かれている。その片隅に、児童の得意を見つけるための用具類が置かれている。
一つの籠の中には、画用紙とクレヨン、小型のキーボード、折り紙、毛糸やフェルトなど、様々なものが入れられており、それらを使って工作を行う中で児童の得意分野を見つけることができる。
籠を持って幸月の部屋に戻る。
幸月は部屋の真ん中でクマ五郎を抱っこしてぼうっとしていた。
「幸月、今日はいつもと違うことするぞー」
そう言いながら幸月の前に籠を置き、中のものを取り出していく。一つずつ並べていくのを、幸月は静かに眺めていた。
メルヘンの得意創作には、よく見られるものと珍しいものとがある。
例えば絵を描くことを得意とするメルヘンは最も多く、施設の子供の半分ほどはこれに該当する。その次に多いのが、歌を歌うことを得意とする者。このタイプは、「音楽」を流すだけでハミングをし始めたり、口ずさんだりするため見つけやすい。
その他はバラバラで、ペットボトルを使った工作に長けている子、折り紙でなんでも作れてしまう子、特定の楽器を演奏することに長けている子など様々だ。
これら全てに共通するのが、「誰も教えていないのに不思議と出来る」ということである。得意創作が見つかり、それを行う環境が整ったメルヘンは水を得た魚のように活発になり、社会活動にも参加しやすくなる。
俺は始めに、画用紙とクレヨンを手にした。
真っ白な紙の上にピンクのクレヨンでぐるぐると線を描く。そっと幸月の様子を確認すると、少し目を見張っていた。その反応が嬉しい。
「幸月もこれ持ってみて」
ピンクのクレヨンを握らせる。幸月は握ったクレヨンを弱々しく画用紙の上に滑らせた。薄くピンク色の線が浮かび上がる。
「描けたなぁ。次はこっちの色どうだ?」
今度は緑を握らせる。俺は幸月の背中側に周り、後ろからクレヨンを握るのを支えてやった。そのおかげで、先ほどよりも濃い色が画用紙に描かれる。
「もっとグルグルってすると水玉模様が描けるよ。見ててな」
赤いクレヨンを持ち、グルグルと大小様々な円を描く。幸月は無意識に、というように緑色のクレヨンをクルクルと画用紙の上で回した。
「上手、いろんな色使って描いてごらん」
そうして少し様子を観察する。
こちらが四角を描くと真似して四角を描き、三角を描いたら三角を描いた。だが、自発的に新たな模様を描き出そうとする姿勢は見られない。色も同じものをずっと使っている。
幸月の得意創作はお絵描きではないのかもしれない。
それではと思い、次はキーボードを渡した。
初めて見るだろう電子機器に、幸月は少し怯えていた。
電源を入れ、ピアノの音が鳴るように設定する。鍵盤を叩くとポロンと綺麗な音が響いた。
「好きに押してみて」
自ら触れようとしない幸月の手を取り鍵盤の上に乗せて押させる。先ほどとは違う音が鳴る。その隣を押すと、少し高い音が鳴る。
「音が違うのがわかる? ピアノだよ」
「ピ……」
「そう、ピアノ」
幸月は適当な鍵盤を押して遊んでいた。
しばらくそれを観察した後、少し音を変えてみようと思いトランペットに変更した瞬間幸月がまた鍵盤に触れ、先ほどとはかなり違う音が鳴ったことに驚いた彼は慌てて手を引っ込めた。
「はは。これはラッパの音ね。幸月はどっちが好きかなー」
そんなことを話しながら幸月の様子を見ていたが、どうやらこれも違うらしい。幸月は興味本位で鍵盤に触れるが、そこから何かメロディーを弾くわけではない。ピアノの音、トランペットの音、音にこだわりも無いようだし、幸月の得意創作は音楽ではないのだろう。
その後も様々試したが、どれも自発的に続けようとはしなかった。
次はこっち、と言われれば素直に止めて、その後はそのことは忘れてしまったかのように新しいことやものに驚く。片づけをする際も、名残惜しむこともない。
彼の好きなことはなんだろう。
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