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得意創作 4

 作品を見て歩いていると、不意にベランダの戸が開き声をかけられた。 「冴島先生! なにしてるの? 久しぶりだね!」  声をかけてきてくれたのは直くんだった。会うのは、幸月の担当から外れていた頃以来だから、1ヶ月ぶりくらいだろうか。 「久しぶり。みんなの作品を見てたんだよ。みんな上手でびっくりした」 「えへへ、そうでしょ! 俺の見た? こっちだよ!」  直くんは靴を脱いで教室に入ると、俺の手を引いて入り口側のロッカーへ歩いて行った。 「これ!」  そう言って指差したのは、A4サイズの画用紙に描かれた犬の絵だった。  おそらく施設で飼っている柴犬を描いたであろうそれは、色鉛筆のみを用いて描かれている。  毛の一本一本まで緻密に描き、その毛の艶まで捉え、今にも画用紙から飛び出てきそうなほどリアルなその絵は、とうてい15歳の少年が描いたとは思えない。  しかし、ここの作品群にはそんなレベルのものがずらりと並べられているのだ。 「凄いなぁ……。写真みたいだ」 「でしょう? でも、俺もっと上手に描けると思う! これだとまだララの可愛さが足りない! ララはもっと可愛いから!」 やはり施設の犬を描いたらしい。ララはその名前だ。 「桜ちゃんのも凄いよ! こっち!」  今度はベランダ側に手を引かれる。  そこには大きな切り絵が飾られてあった。こちらのモチーフは薔薇のようだ。幾重にも重ねられた花弁を細く切った紙で表現し、さらにうねうねと伸びる茎と棘も再現されている。またそれだけでなく、茨の向こうには少女が1人切り取られていて、見ているだけで何か一つのストーリーが出来上がるようだった。  その切り絵を見ながら、俺は数年前に見た桜の切り絵を思い出した。  その時から既に素人のリアルが作る作品より何倍も上手だったが、これは更に技術が上がっている。  桜は、この子達は、一体どこまで成長していくのだろう。 「直ー? 中で何してるのー? 探したよー」 「桜ちゃん!」  直くんは俺の手を解いて桜の方へ走り寄っていった。その時、桜は俺に気がついたようだ。そしていつもどおり可愛らしい笑顔を向けてくれる。 「冴島先生! どうしているの? ひなどりさんのとこに戻ったんでしょ?」 「まぁね。でも、ちょっとみんなの作品見たくてさ。桜の切り絵、また上達してたな」  ベランダの方へ歩きながらそう告げると桜は照れたように少し頬を赤らめた。 「ちょ、直接言われると少し恥ずかしいな。でも、ありがとう!」  頬を両手で包み、ぴょんぴょんとその場で小さく跳ねて嬉しさを表す桜は、いつもの大人びた姿に反して幼く見えた。しかし、そんな素直な姿が見ていて微笑ましい。 「ねーえ、桜ちゃんと冴島先生と俺で、中でお話しようよ!」  俺と桜の間にいた直がそう提案する。 「だーめ。今は外遊びの時間だよ。冴島先生、ごめんね? 今連れてくから」 「えー……」 直くんは抗議の声を上げつつも大人しく外へ出ていった。そうして大縄跳びの輪の中に入れてもらっていた。

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