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得意創作 12

 ある日の昼休み、俺は介の医務室を訪れていた。窓際にもたれて立ち、ぼーっと天井を見つめる。医務室らしい白い天井には、シミひとつ見当たらない。 「はい、アイスコーヒー」 「ありがとう」  介は俺にグラスを手渡した後、同じように窓際にもたれてグラスをあおった。カラン、と氷の鳴る音が聞こえる。  俺もまたコーヒーを口に含んだ。砂糖の一切入っていない強い苦味が口内を駆け抜ける。 「で、相談って?」  介がそう問いかけた。俺は「うーん……」と唸ってから、口を開いた。 「幸月の得意創作が見つかったってのは報告しただろ。それはすごく良かったんだ。幸月の気持ちも安定してるし、よく喋るようになった」  得意創作が見つかってからというもの、幸月はそれまでが嘘のようによく反応するようになり、よく喋るようになった。  例えば朝食を摂っているとき、「きょう、そ、と……いく?」と聞くのはもうお決まりだ。毎日言っているうちにだんだん流暢に言えるようにもなってきた。  得意創作に関わらないところでも、挨拶は比較的言うようになってきたし、俺になにか見てほしいときは「せんせい」と呼びかけするようになってきた。  そして1番の成長は、離れることにぐずらなくなったことだ。 「ひなどりの子供の中にはまだ得意創作が見つかっていない子もいるし、それを考えたら幸月はかなり経過が良いと思う。でも、まだ俺以外の人間と全く関わってないっていうのは、早めにどうにかしなきゃいけないと思ってさ」  幸月の調子が良さそうなのを見て、数日前ひなどり棟2階のホールへ連れて行った。  そこは以前交流会をしたスペースで、場所自体にトラウマが植え付けられていないか、遊ぶだけなら大丈夫かを確認しに行ったのだが、ダメだった。  幸月は俺にしがみついて、周りのおもちゃには目もくれなかったのだ。2人きりだったというのに。 「交流会以来ホールが怖くなったみたいで。場所だけでも怖いのに、その時周りにいた人と一緒にいるなんてもっと難しいだろ? でもこのままでもいられないしなぁ……」  幸月は花見さんを見ると、今も少し怯える。  それは花見さんが幸月をいじめていたからではなく、おそらく花見さんを見ると俺と引き離された時のことを思い出すからだ。  幸月はぼうっとしているように見えて、いろいろなことをしっかり記憶している。怖い思い出なら尚更だろう。交流会が嫌な思い出になっているなら、その場にいた児童や職員の声を記憶していてもおかしくない。 「なるほどねー」  介はまた一口コーヒーを飲んだ。  部屋に落ちた沈黙に、こんなこと相談されても困るだろうなと考える。介と幸月を関わらせようといったって、幸月は介にもあまり良い印象を抱いていないだろう。だからといってつばめ棟の子供とは会わせられないし……。 「じゃあ、うちの子と会ってみる?」  思いがけない言葉に介の方を向くと、介は「良いこと思いついた」とでも言うように自信ありげな表情を浮かべていた。

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