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15歳の少年
桐也が幸月くんの担当に復帰した日の翌日、俺は新しく入所する子供の迎えのため施設の玄関にやってきていた。
今回入ってくる子は、メルヘンにしては珍しく名前があり秀人 という。体が弱いらしく、特別な配慮を必要とするそうだ。
親がメルヘン愛好家に秀人くんを売り、売られた場所では得意創作であるピアノを活かして演奏会などをしていたそうである。しかし昨年体調を崩し多額の医療費がかかることがわかった途端、ピアニストとして儲からないメルヘンはいらないとその愛好家がさらに売ろうとした。ところが健康でないメルヘンの買い手はなく、公的機関に保護されたとのことだ。
大人の、リアルの身勝手の末、彼はここまでやってくることになったのだ。
「胸糞悪いなぁ……」
無人の玄関先を見つめながら呟く。
迎えの仕事は一番嫌いだ。
バスから下される子供達を見ていると、その深い絶望を覗き込むと、酷い扱いを受けているメルヘンが数えきれないほどいる現実を突きつけられる。自分の仕事は、この社会にとって全て無意味なのではないかと思わされる。
打ちのめされるのだ。
この玄関を訪れるメルヘンがいなくなればいいのに。それが実現する日はいつになるだろう。
しばらくして、一台のマイクロバスが敷地に入ってきた。俺は立ち上がり外に出て、そのバスが玄関に寄せられるのを待った。
バスは病院からやってきた福祉用のもので、後部から車椅子乗り入れができるタイプのものだった。もしかしたら、秀人くんは車椅子に乗ってやってくるのかもしれない。
果たしてその予想は的中した。
玄関に寄せられたバスから看護師と施設の職員が降りてくると、後部が開いて車椅子に乗せられた秀人くんが姿を見せた。メルヘンにしては年相応に成長した、15歳の少年だ。
「やめっ……ろ! いやだ! 行きたくない!」
車椅子が動かされた瞬間、そんな悲痛な声が玄関にこだました。
手足を固定された秀人くんは、体を左右によじりながらどうにか逃げ出そうとしている。
「いやだ! 離せっつってんだろ!!! はぁ、はぁ……」
一際大きく叫んだ瞬間、ぐらりと上半身が前のめりになった。思わず駆け寄りそうになったが、その前に看護師が慣れた手つきで体を支えていた。
しかし、その表情は冷たい。
「何で私がメルヘンの世話なんか」無言の顔に、そんな言葉が貼り付いているような気がした。
「秀人くん、落ち着いて。怖いところじゃないよ」
「怖く、なんか……! ぁ、はぁ、はぁ」
苦しげな呼吸のまま、秀人くんは俺の前までやってきた。手を肘置きに固定されたまま、俯いて肩を大きく動かして呼吸する彼は、目の前に白衣の男が見えたためか、ゆっくり顔をあげた。
初めて目が合った。
切長の目が、その奥の暗闇が、お前を憎んでいると伝えていた。
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