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15歳の少年 2
秀人くんを引き取った後、職員は先にやることがあると言って職員室へ行き、俺は彼と2人きりになった。
部屋へ向かう途中、車椅子を押しながら俺は彼に話しかけた。
「俺は百瀬介。これからよろしくね。この施設の名前は聞いた? ここはことり園。メルヘンの子供たちがみんなで生活してるところだよ。本当は秀人くんも他の子達と一緒に生活できれば良かったんだけど、少し体が繊細って聞いたから、落ち着くまでは俺とか、他の看護師さんと一緒ね」
「……」
「部屋、気にいってくれるといいな。棚もあるから、自分の好きなもの入れられるよ。お気に入りの部屋を一緒に作ろうか。そうだ、ピアノが好きだって聞いたよ。1人部屋だからキーボード置いても……」
「あのさ」
どうにか興味を引けないか。これからの生活を少しでも楽しみに思ってもらえないかと話しかけていると、それを遮るように秀人くんは声を発した。
「良い人面すんのやめたら?」
俺は車椅子を止めた。彼は片目でこちらを睨み、眉間に皺を寄せた。
「気ぃ引こうとしてんのバレバレ。そんなんで誰が騙されるか。舐めた話し方しやがって……!」
ギリっと歯を食いしばる音がする。秀人くんは、いつのまにか握っていた拳を車椅子の肘置きに叩きつけると、廊下に響き渡る声で怒鳴った。
「人を馬鹿にするのも大概にしろ!!!」
耳を劈くような怒声の後、キーンとするほどの静寂がやってきた。そうしてから、彼の荒い呼吸が下から聞こえてくる。俺はすぐに秀人くんの前にしゃがんで、彼の手首を取った。彼は逃げようとしたが、手首は固定されているため不可能だった。
不規則な脈。速くなったり遅くなったり。心が波立つたびにこうなっては彼も苦しいだろう。
「ごめんね。俺が悪かった」
「思ってない……くせに」
「嘘じゃないよ。秀人くんはもう、15歳だもんね」
彼の手首を撫でながら、確かに自分はこの子を子供扱いしていたなと気がつく。それも、15歳よりもっと下の子供に接するように。
メルヘンの子供の多くは、実年齢よりも幼い言動する。それはリアルよりも知能が少し低いという特徴があるからだ。加えて、彼らの多くが経験する過酷な状況もそれに拍車をかける。
しかし、稀にそうではない子もいる。この施設でいえば、たとえば桜のような子がそうだ。
この子もそうなんだ。始めの言動からその可能性を考えられなかったのは俺の落ち度だ。
15歳といえば中学3年生。大人とは言えないが、子供だとも言えない。曖昧な年齢だ。俺も、このくらいの歳の頃、親にわかったような口を聞かれるのが嫌だった。子供扱いをするなとムカムカしたものだ。
彼もきっと、同じ気持ちだ。
「……落ち着いた? 部屋に行こうか」
秀人くんは俺と目を合わせない。早速嫌われたか。
「秀人くん、って君付けするのも子供っぽいかな。呼び捨てでもいい?」
「……」
「返事しないなら呼び捨てにするからねー、秀人」
「……うざい、馴れ馴れしいっ」
秀人はプイッと顔を背けた。
そんな姿を見てホッとする俺はおかしいのだろうか。
メルヘンにしては珍しい年相応の少年が、俺に新たな感情をもたらしてくれるような、そんな予感がした。
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