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約束のはじまり

 秀人が目を覚ました後、俺は看護師に彼を任せて帰宅した。それから3日ほど休みをもらうことになり、久々に家でゆっくりして過ごすことができた。  そのためか、次の出勤日は朝から体が軽かった。  やはり休みは家でゴロゴロするに限るなぁ、なんて思いながらいつもどおり看護室に挨拶しに行くと、げっそりとして疲労困憊の夜勤看護師が顔を出した。 「ど、どうしたの?」 「あぁ、先生おはようございます。秀人くんなんですがね、まぁ暴言が酷くて……。処置にも反抗的ですし、ちょっと参ってて。まだ暴力が無いだけいいですが」  はぁ、と大きくため息をついた彼女は、「愚痴ってすみません」と言って更衣室に入っていった。  確かに言葉遣いは悪かったが、そこまでだっただろうか。 「根はいい子そうに見えたけど」  疑問に思いながら医務室に入り、白衣を着て今日の準備をする。そのまま朝の診察に病室へ向かうと、しかめっ面で腕を組んだ秀人がいた。 「秀人おはよ」 「3日も来ないから辞めたのかと思った」 「ただの休みだよー。ほら、腕出して」  と言っても素直に腕を出さないことはわかっているので手を伸ばすと、彼はあからさまにビクッと震えた。細い手首を掴んで引き寄せれば抵抗はしない。    パジャマの袖を捲り上げると、この間は無かった引っ掻き傷がいくつもできていた。線上に赤く入った傷跡からは、滲み出た血が凝固したものも伺える。深くやったようだ。 「ちょっと待っててねー」  医務室から消毒と包帯を持ってくる。秀人はそっぽを向いてしまった。  消毒液を染み込ませたガーゼをポンポンと押し当てながら、今日の深夜にでもやったのだろうと思う。もしそれ以前なら看護師が気づいて処置しているはずだ。 「きらい……」 「うん」 「お前も、みんな、きらい」 「わかってるよ」  包帯を巻き終えて診察に戻る。血圧、脈、心臓の音、全て問題ない。その間秀人は一言も喋らなかった。  看護師の言うような精神的にやられるほどの暴言は特に無かったが、自傷行為が見られた以上楽観視するわけにはいかない。俺は看護師にこまめに様子を確認するように伝えてから、今日の仕事に入った。

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