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不安
それから数日間は穏やかに日々が過ぎた。相変わらず秀人はそっけないし言葉遣いも荒いが、自傷行為は見られないし錯乱もしない。
体調面でも落ち着いていて、発作が起きることもなかった。日々の薬もちゃんと飲んでくれている。
ただ病室に1人でいる姿は退屈しているように見えた。本人は決して口に出さないが。
そんなある日、看護師から報告を受けた。
「巡回に怯えてる?」
「はい。前まではそんな素振りありませんでしたけど、今は部屋に入るとビクッと震えるのがわかって……。処置の間もなんだか挙動不審というか」
「来たばかりの頃は気を張ってたのかもね。今のほうが本当の秀人の気持ちが表れてるのかも」
この間の件で、彼が病院関係にトラウマを持っていることはわかった。今回はそれに関係する事柄だろう。
巡回が怖いからといって、しないわけにはいかない。どうしたら良いだろう。
「そうだ。俺の部屋にいてもらうのはどうかな」
「医務室ですか?」
俺は頷いた。
秀人の体調は良好だからずっとベッドで横になっていなくても良いし、同じ部屋にいれば何かあってもすぐに気がつける。秀人が雑談を望んでいるかどうかは怪しいが、いつでも気楽に話せる場が持てるだろう。
「先生が大変になりません? 負担とか……」
「児童と関わるのに負担を考えてたらキリがないよ。それは大人が受け入れないと」
それにこの間秀人に約束したばかりだ。彼の全てを受け入れると。
看護師はまだ不安げだったが、どうにか納得してもらった。早速彼にこのことを伝えに行こう。
病室に入ると、ベッドが軋む音がした。
彼がびくりと肩を震わせたのだ。看護師が言っていたのはこのことかと思いながらも指摘はせず、すぐに本題に入った。
「秀人、この部屋に1人で暇でしょ。明日から、日中は俺の部屋にいよう」
「は……?」
秀人がぽかんと口を開ける。眉間に皺が寄っているのに口は半開き。少しまぬけな顔に思わず笑ってしまう。すると、秀人はすぐに気がついて口をへの字に曲げてそっぽを向いた。
「ごめんごめん。それで、どう? 結構良い案だと思うけど」
「お前の部屋行って、何すんの」
「別に? 本読んだり……あ、タブレットはあるよ。あとは小さいけどテレビもあるし、お茶も飲み放題」
「ふーん」
秀人は少し黙り込んだのち、また尋ねた。
「お前はずっと部屋にいるの」
「いるよ。そこが俺の仕事場だから。一緒に来てくれれば診察もすぐに出来るし助かるんだけどな。俺のためとも思ってさ、どう?」
秀人はおそらく自分の意思で医務室に行く、というのはしたくないだろう。だから、「俺のために」と言えば来てくれるのではないかと考えた。
「……そっちの方が楽なら、行ってもいい」
「うん、ありがとう。助かるよ」
秀人はこちらも見ずにそっけなく答えた。
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