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不安 7
走って本館3階に戻り、看護室で給食を2人分受け取る。
秀人は大丈夫だろうか。すぐ戻ると言ったのに、それを破る形になってしまった。
「遅くなってごめん! 今終わった……」
謝りながらドアを開ける。
部屋が荒らされていること、怒声を浴びせられることなども予想したが、意外にも部屋は綺麗なまま。秀人自身も、部屋を出た時と同じくソファに座っていた。
「おかえり」
感情のない声でそう言われる。大人しく待っていてくれたのはありがたかったが、それになんだか違和感を覚えた。
俺はローテーブルに2人分のトレイを置いて秀人の隣に座った。
「変わったことなかった? 誰か来たとか」
「別に」
「そう……」
違和感はあるが、それが何なのか言葉にできない。本当に何もなかったのだろうか。
まぁいいや、今はご飯を食べよう。
そう思い箸を手に取る。
「いただきます」
俺が食べ始めても秀人は動かなかった。その時ようやく、彼の違和感が何かに気がついた。
「秀人、なんでずっと手首押さえてるの?」
「べつに」
「ちょっと見せて」
そうだ、秀人は部屋に入った時からずっと右手首を押さえていた。それも肩に力が入って、体が強張っている。
「い、やだっ」
手首を掴むと、彼はそれを振り解こうと腕を上下させた。力はそれなりに強いが、抑えられないほどじゃない。体の後ろに隠されてしまう前に前に突き出させると、案の定そこは血で覆われていた。
この間自傷したのと同じ箇所だ。
おかげで瘡蓋が傷つけられてまた深く傷が刻まれている。ベタついてることから、切ってから少し時間が経っているのだろう。
バツの悪そうな顔をして向こうを向いているあたり、やってしまったという気持ちはあるのだろう。こんなことで怒りはしないけれど。
「もー、こないだと同じとこやったら、綺麗に治らなくなっちゃうでしょ」
彼がまた隠してしまわないように、腕を引いたまま包帯等が入っている棚までいく。
「違うところならいいのかよ」
「そういう話じゃない」
包帯、消毒、ガーゼを取って水道の前まで連れて行き、そのまま血を洗い流す。染みたのか、水に触れるとぴくりぴくりと腕が動いた。
自傷の理由について聞きたいしやめろと言いたいが、言ったところですぐにはやめられないのがこの行為だ。やめられないから彼は困っているのだ。
となると、これまで2回の自傷行為がどういう理由で引き起こされたかを考えなくてはいけないが、一体何だろう。1度目は秀人が高熱を出し、目覚めてから3日後。休み明けの時。そして今は……。
もしかして、離れることが彼のトリガーになったいるのだろうか。思えば、この間無言でトイレに立った時も彼は俺を探そうとしていた。
いつか聞いた「いかないで」という寝言が脳裏をよぎる。
今この場で直接聞いてしまいたい。しかしもし当たっていたら、彼はそれを悟られないようにとまた鎧を固めてしまうだろう。憶測の範囲に留めるべきか。
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