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幸月と秀人

 介から「秀人は幸月くんと会ってもいいって!」良い返事が届いたのは、彼に相談してから3日も経たないうちのことだった。  あまりにとんとん拍子で話が進むので少々面食らったが、この件は早急に解決に導きたいのは事実。俺と介はすぐに日程を調整し、幸月と秀人を会わせる日を決めた。  裏でそんな動きがあるとは毛ほども知らない幸月は毎日ご機嫌だ。毎日外へ出ることを楽しみに過ごしている。 「せ、んせ。そ、と!」  朝ご飯を食べ終えるとすぐこれだ。  幸月は俺の服を引っ張って部屋を出ようとする。得意創作が見つかってからわかったことだが、幸月は案外行動派というか、活発な性分のようだった。今のように人を引っ張るのもそうだし、見たことのない草花は俺の目の届かないところでも取りに行こうとする。作ったものは俺の前に並べて感想をもらおうとする。無表情なのは変わらないが、だからといって彼が無感情であるとは到底思えない。 幸月からは様々な気持ちが読み取れた。 「今日は行けないよ。ほら」  腰にしがみつく幸月を抱き上げて窓に連れていく。窓ガラスには、細かな水滴がたくさんついて、時折長い線を作っていた。 「今日は雨。空から水が降ってくる日は、外に出ないの」 「あめ」 「そう。だから今日はお部屋の中な」 「あ、め降ると、お花……ながれ、ちゃう?」  腕の中の幸月は俺を見上げて心配そうに聞いてきた。  そのあまりに深刻そうな表情が面白くて、可愛くて。 「はは、そんなことないよ。お花は雨が降ると嬉しいんだよ」 「で、も。しゃわー、泡……」 「シャワーのお水は泡を流しちゃうってこと?」  尋ねると、幸月はこくんと頷く。お花が流れるのではないか、という心配は、ちゃんと筋道立った思考の中から生まれていたようだ。 「お水は流せるものと流せないものがあるんだよ。雨はお花を流さないよ」  そう教えると、幸月はこくこくと頷きながらまた外を眺めた。  雨なんて大して珍しいものでもないのに、幸月がこんなにもキラキラした目で見つめているだけで何か特別なもののように思えてくる。    もう少し見やすい位置に窓があればいいのに。そうすれば、こうして抱き上げなくても幸月は外を見ることができる。もしそうできたらきっと彼は一日窓の側を離れないだろうけど。  幸月がいつまでも外を見ているので、もうおしまいと言うタイミングを逃し、俺はずっと幸月を抱っこしていた。  小さいとはいえ13歳。そろそろ手が痺れてきたなと思ったあたりで、俺は降りて勉強するよう提案した。幸月は名残惜しそうだったが頷いてくれた。  今日は平仮名の勉強だ。  最近の幸月は、外で遊ばない時間は部屋で絵本を読むことが多い。俺が促したわけではないが、いつの間にかおもちゃで遊ぶ頻度は少なくなっていた。これも、得意創作のおかげで精神年齢が少し実年齢に近づいたということなのかもしれない。

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